貴船神社とは、京都府京都市左京区鞍馬貴船町にある神社である。正式には貴布禰総本宮貴船神社といい、全国に広がる水神信仰の総本宮として知られる。御祭神は本宮が高龗神、結社が磐長姫命、奥宮が高龗神である。高龗神は水の供給を司る神で、雨を降らせ、雨を止め、地中に蓄えられた水を少しずつ湧き出させる神として信仰されてきた。貴船神社の創建年代は明らかではないが、白鳳6年にはすでに社殿造替の記録があったとされ、日本でも指折りの古社に数えられる。社伝では、玉依姫命が黄船に乗り、淀川、鴨川、貴船川をさかのぼって水源の地に至り、そこに社を建てたことが起源とされる。現在の奥宮はその創建の地とされ、玉依姫命が乗った黄船を石で包んだという「船形石」や、本殿下にあると伝わる龍穴の信仰を伝えている。本宮は天喜3年(1055)の水害後に現在地へ移ったとされ、貴船川沿いに本宮、結社、奥宮が連なる参拝動線が形づくられた。水の神、縁結びの神、運氣隆昌の神として信仰され、朱色の春日灯籠が並ぶ参道、御神水に浮かべる水占みくじ、夏の川床、秋の紅葉、冬の雪景色でも知られる。
| 目的 | 高龗神への信仰、水源守護、降雨祈願、止雨祈願、五穀豊穣、運氣隆昌、諸願成就、縁結び、夫婦円満、家内安全、商売繁昌、水に関わる仕事・産業の守護 |
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| 特長 | 貴船神社、貴布禰総本宮、水神総本宮、高龗神、闇龗神、磐長姫命、玉依姫命、本宮、結社、奥宮、三社詣、御神水、水占みくじ、春日灯籠、石段参道、船形石、龍穴、日本三大龍穴、御船祭、貴船祭、七夕笹飾りライトアップ、貴船川、貴船山、川床、鞍馬寺 |
| 他の神社との違い | ・全国に広がる水神信仰の総本宮であり、雨乞い・止雨の神として朝廷からも崇敬された ・本宮、結社、奥宮の三社が貴船川沿いに連なり、川をさかのぼるように参拝する構成を持つ ・奥宮は貴船神社創建の地とされ、本殿下の龍穴、船形石など水源信仰に関わる伝承を伝えている ・結社は磐長姫命を祀り、和泉式部の参詣伝承とともに縁結びの社として信仰を集めている ・水占みくじや御神水など、水の神社らしい参拝体験があり、貴船川の自然景観と信仰が一体になっている |
| 別称 | 貴船さん、貴布禰総本宮、水神総本宮、氣生根の社 |
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| 正式名称 | 貴布禰総本宮貴船神社 |
| 所在地 | 京都府京都市左京区 |
| 創建 | 不詳。白鳳6年には社殿造替の記録があったとされる古社 |
| 創祀伝承 | 玉依姫命が黄船に乗って水源の地へ至り、現在の奥宮の地に社を建てたと伝わる |
| 現在地への遷座 | 天喜3年(1055)。水害により、奥宮の地から現在の本宮の地へ移ったとされる |
| 祭神 | 本宮は高龗神、結社は磐長姫命、奥宮は高龗神。奥宮では船玉神としても信仰され、闇龗神、玉依姫命を祀るとも伝わる |
| 御神徳 | 運氣隆昌、縁結び、諸願成就、水源守護、降雨・止雨、五穀豊穣、商売繁昌 |
| 社格 | 旧官幣中社。全国水神の総本宮 |
| 主な関係者 | 玉依姫命、高龗神、磐長姫命、和泉式部、歴代天皇、賀茂氏 |
| 主な社殿 | 本宮、結社、奥宮、神門、拝殿、本殿 |
| 主な見どころ | 本宮表参道の春日灯籠、御神水、水占みくじ、石庭「天津磐境」、結社、奥宮、船形石、龍穴、貴船川、川床、紅葉、雪景色 |
| 文化財指定 | 貴船神社境内は京都市指定史跡。奥宮は貴船神社創建の地とされ、龍穴信仰や船形石の伝承を伝える |
| 住所 | 京都府京都市左京区鞍馬貴船町180 |
| 電話番号 | 075-741-2016 |
| 参拝時間 | 本宮は5月1日~11月30日が6時~20時、12月1日~4月30日が6時~18時。結社・奥宮は時間外も参拝可能 |
| 授与所 | 9時~17時。ライトアップ期間などは延長の場合あり |
| 御祈祷受付 | 本宮授与所内の祈祷受付で9時~15時30分。初回案内は9時30分。祭典、結婚式、行事等により変更の場合あり |
| 休館日 | 年中無休 |
| 拝観料 | 境内参拝無料。水占みくじや授与品は別途初穂料が必要 |
| アクセス | 叡山電鉄貴船口駅から京都バス33系統で「貴船」下車、徒歩約5分。叡山電鉄貴船口駅から徒歩の場合は約30分 |
| 備考 | 貴船神社は、社名を「きふね」と読む。地名は「きぶね」と濁るが、神社名は水の清らかさにちなみ濁らせないとされる。三社詣では、本宮、奥宮、結社の順に参拝するのが本来の順序とされる。本宮の石段参道には朱色の春日灯籠が並び、夕刻から閉門まで毎日点灯される。御神水は貴船山から湧き出る水で、水占みくじを浮かべると文字が浮かび上がる。奥宮の本殿下には龍穴があると伝わるが、神聖な場所として見ることは許されていない。貴船は夏の川床、秋の紅葉、冬の雪景色で知られ、鞍馬寺、由岐神社、貴船川沿いの料理旅館とあわせて巡りやすい。ただし道幅が狭く駐車場も少ないため、公共交通機関での参拝が向いている。 |
| 神代 | 貴船山中腹の鏡岩に神が天降ったという伝承が残る |
|---|---|
| 創祀伝承 | 玉依姫命が黄船に乗り、淀川、鴨川、貴船川をさかのぼって水源の地へ至り、現在の奥宮の地に社を建てたと伝わる |
| 創祀伝承 | 玉依姫命が乗った黄船は、人目に触れぬよう石で包み囲まれたとされ、奥宮の船形石として伝わる |
| 古代 | 貴船神社の創建年代は不詳ながら、早くから水源の神を祀る社として信仰された |
| 白鳳6年 | 社記には、天武天皇の御代、白鳳6年にはすでに社殿造替が行われた記録があったとされる |
| 平安時代初期 | 貴船神社は、都の水源を守る神として朝廷から重視される |
| 818年 | 弘仁9年、この頃から朝廷による祈雨・止雨の祈願が行われたとされる |
| 平安時代 | 旱魃の時には黒馬、長雨の時には白馬または赤馬を奉納して、雨を降らせ、雨を止める祈りが行われた |
| 927年 | 延長5年、『延喜式』神名帳に名神大社として記される |
| 平安時代中期 | 貴船神社は賀茂社との関係を深め、上賀茂神社の摂社として扱われる時代を迎える |
| 1055年 | 天喜3年、水害により、創建の地とされる奥宮から現在の本宮の地へ社殿が移されたとされる |
| 平安時代後期 | 本宮、結社、奥宮を中心とする貴船川沿いの信仰空間が形づくられていく |
| 平安時代後期 | 女流歌人・和泉式部が夫の心変わりに悩み、貴船に参詣して歌を捧げたところ願いが叶ったと伝わる |
| 平安時代後期 | 結社は「恋の宮」とも称され、縁結びの社として信仰を集めるようになる |
| 鎌倉時代 | 貴船神社は、雨乞い・止雨の神、水源の神として、朝廷や武家、庶民から信仰される |
| 中世 | 貴船神社は上賀茂神社の摂社として存続し、賀茂川水系を支える水源信仰の社として重視される |
| 室町時代 | 貴船川沿いの山間に社殿が維持され、社殿造替が繰り返される |
| 江戸時代前期 | 本宮は寛永10年(1633)までに36回を超える造替・修復を重ねたとされる |
| 江戸時代 | 貴船神社は、雨乞い・止雨の神に加え、縁結び、諸願成就の神として庶民の参詣を集める |
| 江戸時代 | 貴船川沿いには参詣者を迎える茶屋や宿が発達し、京都の奥座敷としての性格も育まれる |
| 明治時代 | 神社制度の整備により、貴船神社は近代社格の中で位置づけられる |
| 1871年 | 明治4年、官幣中社に列せられ、上賀茂神社から独立する |
| 大正時代 | 境内整備が進み、国費による大規模な修理も行われる |
| 1922年 | 大正11年、国費による大修理が行われる |
| 昭和時代 | 貴船神社は、水神総本宮、縁結びの社として知られ、貴船川の川床文化とともに京都観光の名所となる |
| 1965年 | 昭和40年、昭和を代表する作庭家・重森三玲により、本宮の石庭「天津磐境」が作庭される |
| 平成時代 | 本宮社殿の造替が行われ、現在の本宮社殿が整えられる |
| 2005年 | 平成17年、本宮本殿が新たに造替される |
| 2012年 | 平成24年、結社・奥宮の社殿が建て替えられる |
| 現代 | 御神水に浮かべて占う水占みくじ、朱色の春日灯籠が並ぶ参道、七夕笹飾りライトアップなどが人気を集める |
| 現在 | 貴船神社は、水神総本宮、運氣隆昌の社、縁結びの社、奥宮の龍穴信仰を伝える京都北山の古社として、多くの参拝者を迎えている |