東本願寺京都府京都市

春の東本願寺1 春の東本願寺2 春の東本願寺3 春の東本願寺4 春の東本願寺5 春の東本願寺6 春の東本願寺7 春の東本願寺8 春の東本願寺9 春の東本願寺10
  • 慶長7年(1602)に徳川家康から寺地を寄進されたことに始まる真宗大谷派の本山
  • 宗祖・親鸞聖人の御真影を安置する「真宗本廟」として信仰を集める寺院
  • 世界最大級の木造建築である御影堂、阿弥陀堂、御影堂門、渉成園で知られる京都駅近くの大伽藍

東本願寺とは、京都府京都市下京区烏丸通七条上るにある真宗大谷派の本山である。正式には真宗本廟といい、浄土真宗の宗祖・親鸞聖人の御真影を安置する根本道場である。東本願寺の源流は、文永9年(1272)に親鸞聖人の門弟らが、親鸞聖人の遺骨を大谷から吉水の北へ移し、廟堂を建てて影像を安置したことにさかのぼる。その後、本願寺は寺院として発展し、第8代蓮如上人の時代に大きく教線を広げた。戦国時代には石山本願寺をめぐって織田信長と対立し、顕如上人と長男・教如上人の方針の違いを経て、慶長7年(1602)、徳川家康が教如上人に京都烏丸六条・七条間の寺地を寄進した。これが現在の東本願寺、すなわち真宗本廟の成立である。現在の御影堂と阿弥陀堂は、元治元年(1864)の禁門の変で焼失した後、明治28年(1895)に再建されたものである。御影堂は正面約76m、側面約58m、高さ約38mを誇る世界最大級の木造建築で、堂内には親鸞聖人の御真影を安置する。阿弥陀堂には本尊・阿弥陀如来を安置し、両堂が並び立つ構成に、親鸞聖人への報恩と阿弥陀如来への信仰が表されている。

東本願寺の特長
目的 親鸞聖人の教えを聞く根本道場、真宗大谷派の本山、阿弥陀如来への信仰、宗祖親鸞聖人への報恩感謝、聞法、法要、晨朝、法話、真宗本廟としての参拝、巨大木造伽藍の保存継承
特長 東本願寺、真宗本廟、お東さん、真宗大谷派、親鸞聖人、覚信尼、覚如上人、蓮如上人、顕如上人、教如上人、徳川家康、御影堂、阿弥陀堂、御影堂門、阿弥陀堂門、鐘楼、手水屋形、造り合い廊下、毛綱、大橇、本願寺水道、渉成園、枳殻邸、大谷祖廟、しんらん交流館
他の寺院との違い ・寺院名としては東本願寺の通称で親しまれるが、正式には宗祖親鸞聖人を中心に聞法する「真宗本廟」である
・御影堂と阿弥陀堂が並ぶ両堂形式に、宗祖親鸞聖人への報恩と阿弥陀如来への信仰が示されている
・御影堂は世界最大級の木造建築であり、明治期の再建に全国の門徒の力が結集された
・西本願寺と対になる存在で、本願寺が東西に分立した歴史を理解する上で重要である
・境内の東には飛地境内地の渉成園があり、大伽藍と庭園をあわせて京都駅周辺の本願寺文化を感じられる
東本願寺DATA
別称 東本願寺、お東さん、真宗本廟
正式名称 真宗本廟
所在地 京都府京都市下京区
起源 文永9年(1272)。親鸞聖人の門弟らが、吉水の北に廟堂を建て、親鸞聖人の影像を安置したことに始まる
現在地への成立 慶長7年(1602)。徳川家康が教如上人へ京都烏丸六条・七条間の寺地を寄進したことを契機に、東本願寺が成立した
創立 慶長8年(1603)に阿弥陀堂、慶長9年(1604)に御影堂が建立され、新たな本願寺として整えられた
宗祖 親鸞聖人
創立の上人 教如上人
宗派 真宗大谷派
寺格 真宗大谷派本山
本尊 阿弥陀如来。阿弥陀堂に安置される
主な関係者 親鸞聖人、覚信尼、覚如上人、蓮如上人、顕如上人、教如上人、徳川家康、清沢満之
主な建築 御影堂、阿弥陀堂、御影堂門、阿弥陀堂門、鐘楼、手水屋形、参拝接待所、造り合い廊下
主な見どころ 御影堂、阿弥陀堂、御影堂門、阿弥陀堂門、毛綱と大橇、本願寺水道、法語行灯、参拝接待所ギャラリー、渉成園
文化財指定 御影堂、阿弥陀堂、御影堂門、阿弥陀堂門、鐘楼、手水屋形は国指定重要文化財。飛地境内地の渉成園は国指定名勝
住所 京都府京都市下京区烏丸通七条上る
電話番号 075-371-9181
参拝時間 3月~10月は5時50分~17時30分。11月~2月は6時20分~16時30分
参拝料 境内参拝無料
休館日 境内参拝はなし。法要、行事、工事等により参拝範囲が変更される場合あり
参拝に関する問い合わせ 075-371-9210。受付時間は9時~17時
渉成園 東本願寺の飛地境内地の庭園。3月~10月は9時~17時、受付終了16時30分。11月~2月は9時~16時、受付終了15時30分。庭園維持寄付金は大人700円以上、高校生・中学生300円以上、小学生以下無料
アクセス JR京都駅から徒歩約7分。地下鉄烏丸線五条駅から徒歩約5分。市バス「烏丸七条」下車、徒歩約1分
備考 東本願寺は、真宗大谷派の本山であり、正式には真宗本廟という。境内中央の御影堂には宗祖親鸞聖人の御真影を、南側の阿弥陀堂には本尊阿弥陀如来を安置する。現在の両堂は、元治元年(1864)の禁門の変による焼失後、全国門徒の力により明治28年(1895)に再建された。御影堂と阿弥陀堂をつなぐ造り合い廊下には、再建時に用いられた毛綱や大橇が展示されている。毛綱は巨大な木材を運ぶため、麻と女性門徒らの髪の毛をより合わせて作られた綱で、明治再建にかけた門徒の願いを伝えている。境内の東にある渉成園は、枳殻邸とも呼ばれる飛地境内地の庭園で、京都駅近くにありながら四季の景観を楽しめる。西本願寺、渉成園、京都駅、東寺、梅小路方面とあわせて巡りやすい。
東本願寺への交通アクセス
JR「京都」駅から徒歩約5分。

HISTORY 東本願寺について

東本願寺の歴史
1173年 承安3年、浄土真宗の宗祖となる親鸞聖人が京都の日野で生まれる
1201年 建仁元年、親鸞聖人が法然聖人の専修念仏の教えに帰依する
1207年 承元元年、承元の法難により親鸞聖人は越後へ流罪となる
1263年 弘長2年、親鸞聖人が往生する
1272年 文永9年、親鸞聖人の門弟らが、宗祖の遺骨を大谷から吉水の北へ移し、廟堂を建てて親鸞聖人の影像を安置する。これが真宗本廟の源流である
鎌倉時代後期 親鸞聖人の娘・覚信尼が門弟から廟堂を預かり、留守職として給仕を務める
1321年頃 元亨元年頃、第3代覚如上人の時代に「本願寺」の寺号を公称するようになる
室町時代 本願寺は、親鸞聖人の御真影を安置する廟堂と、本尊を安置する本堂が並ぶ両堂形式を整えていく
1457年 長禄元年、第8代蓮如上人が本願寺留守職となる
1465年 寛正6年、比叡山の衆徒により京都東山の本願寺が破却される
1471年 文明3年、蓮如上人が越前吉崎に坊舎を建立し、北陸で教化を進める
1478年 文明10年、蓮如上人が山科本願寺の造営に着手する
1532年 天文元年、法華衆徒らにより山科本願寺が焼かれる。第10代証如上人は大坂石山へ移る
戦国時代 本願寺は大坂石山に拠点を置き、石山本願寺として大きな勢力を持つ
1570年 元亀元年、織田信長と本願寺との間で石山合戦が始まる
1580年 天正8年、第11代顕如上人は織田信長との和議に応じるが、長男・教如上人は石山本願寺に籠城して抗戦する
1580年 大坂石山本願寺の明け渡し直後、寺は火を放たれて全焼する
1582年 天正10年、顕如上人と教如上人の義絶が解かれる
1585年 天正13年、豊臣秀吉により大坂天満に寺地が与えられ、本願寺が再興される
1591年 天正19年、豊臣秀吉が本願寺に京都堀川六条の寺地を寄進する。これはのちの西本願寺となる
1592年 文禄元年、顕如上人が入滅する
1593年 文禄2年、顕如上人の三男・准如上人が本願寺を継職する。教如上人は豊臣秀吉の命により退隠となる
1598年 慶長3年、豊臣秀吉が死去する。教如上人はその後も独自に活動を続ける
1600年 慶長5年、関ヶ原の戦いが起こる
1602年 慶長7年、徳川家康が教如上人に京都烏丸六条・七条間の寺地を寄進する。これが現在の東本願寺の成立につながる
1603年 慶長8年、上野国妙安寺から、親鸞聖人自作と伝わる御真影を迎える。同年、阿弥陀堂が建立される
1604年 慶長9年、御影堂が建立され、新たな本願寺としての姿が整う
江戸時代前期 東本願寺は徳川幕府との関係を背景に寺勢を保ち、真宗大谷派の本山として発展する
1614年 慶長19年、教如上人が入滅する
1653年 承応2年、徳川家光から寺地約1万坪が寄進され、現在の飛地境内地である渉成園の基礎が整えられる
江戸時代 東本願寺は火災にたびたび見舞われながら、そのたびに全国門徒の懇念により再建される
1788年 天明8年、京都大火により御影堂・阿弥陀堂が焼失する
1823年 文政6年、境内からの出火により御影堂・阿弥陀堂が焼失する
1858年 安政5年、京都大火により御影堂・阿弥陀堂が焼失する
1864年 元治元年、禁門の変、すなわち蛤御門の戦いによる戦火で、御影堂・阿弥陀堂以下の諸堂が焼失する
明治時代前期 東本願寺は幕末の戦火で両堂を失った状態から、全国門徒の力により明治の再建へ向かう
1895年 明治28年、御影堂と阿弥陀堂が落慶する。現在の両堂はこの時の再建である
1897年 明治30年、火災から伽藍を守るため、本願寺水道が建設される。琵琶湖疏水の水を蹴上から境内へ引く防火設備であった
1904年 明治37年頃、御影堂門が再建され、烏丸通に面する現在の大伽藍の正面景観が整う
1911年 明治44年、宗祖親鸞聖人六百五十回大遠忌法要が勤められる
1949年 昭和24年、蓮如上人四百五十回忌法要が勤められる
1961年 昭和36年、宗祖親鸞聖人七百回御遠忌法要が勤められる
1962年 昭和37年、同朋会運動が始まり、真宗大谷派の基幹となる聞法運動として展開する
1973年 昭和48年、親鸞聖人御誕生八百年・立教開宗七百五十年慶讃法要が勤められる
1981年 昭和56年、真宗大谷派宗憲が全面改正され、教団運営の基本理念が確かめられる
1998年 平成10年、蓮如上人五百回御遠忌法要が勤められる
2011年 平成23年、宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌法要が勤められる。同年、東日本大震災被災者支援のつどいも行われる
2016年 平成28年、真宗本廟両堂等御修復完了奉告法要が勤められる
2019年 令和元年、御影堂、阿弥陀堂、御影堂門、阿弥陀堂門、鐘楼、手水屋形が国の重要文化財に指定される
2023年~2024年 鐘楼の重要文化財保存修理事業が行われる
2024年~2025年 手水屋形の重要文化財保存修理事業が行われる
現在 東本願寺は、真宗大谷派の本山、正式名称を真宗本廟とする聞法の根本道場として、御影堂、阿弥陀堂、御影堂門、渉成園を目当てに多くの参拝者を迎えている