品川台場東京都港区

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  • 幕末に江戸湾防衛のため築かれた海上砲台
  • ペリー来航を契機に江戸幕府が築造
  • 現在は第三台場が台場公園として公開されている

品川台場とは、東京都港区台場にある幕末の海上砲台跡である。嘉永6年(1853)のペリー来航を契機に、江戸幕府が江戸湾防衛のため築いた台場群で、江川太郎左衛門英龍の設計・指導により整備された。かつては複数の台場が東京湾に築かれたが、現在は第三台場と第六台場が国指定史跡として残る。第三台場は台場公園として一般公開され、砲台跡、陣屋跡、弾薬庫跡などを見ることができる。

品川台場の特長
目的 江戸湾防衛、海防、外国船への備え
特長 幕末の海上砲台、石垣と土塁、砲台跡、陣屋跡、弾薬庫跡
他の城との違い ・大名の居城ではなく、幕府が築いた海防施設である
・天守や御殿を持つ城ではなく、大砲を設置するための砲台である
・第三台場は一般公開されているが、第六台場は史跡保存のため上陸できない
品川台場の石垣・土塁
石垣 現存
土塁 現存
種類 石垣、土塁、砲台、陣屋跡、弾薬庫跡、海上要塞
石材 不明
特長 品川台場は、海上に築かれた幕末の砲台である。第三台場では、周囲を固める石垣と土塁が残り、内部には陣屋跡、弾薬庫跡、砲台跡などが見られる。城郭のような天守台や曲輪を見せる施設ではなく、海上から江戸を守るための防御施設として、石垣・土塁・砲座を組み合わせて築かれた点に特長がある。
品川台場DATA
別称 御台場、品川御台場
所在地 東京都港区
築城 1853年~1854年頃
築城者 江戸幕府
設計 江川太郎左衛門英龍
住所 東京都港区台場一丁目10番1号
電話番号 03-5500-2455
開園時間 台場公園は見学自由
休園日 なし
入園料 無料
備考 現在、第三台場は台場公園として一般公開されている。第六台場は国指定史跡として残るが、史跡保存のため上陸できない。品川台場は続日本100名城にも選定されている。
品川台場への交通アクセス
ゆりかもめ「お台場海浜公園」駅から徒歩で17分

HISTORY 品川台場について

品川台場の歴史
1853年 ペリー来航を契機に、江戸幕府が江戸湾防衛のため品川台場の築造を計画する
1853年 江川太郎左衛門英龍の設計・指導により、品川沖で台場の築造が始まる
1854年 第一・第二・第三台場などが完成し、江戸湾防衛の砲台として整備される
1873年 完成した台場が海軍省の管轄となる
1875年 台場が海軍省から陸軍省へ移管される
1915年 第三台場と第六台場が東京市へ払い下げられる
1926年 第三台場と第六台場が国指定史跡「品川台場」に指定される
1928年 第三台場が台場公園として開園する
2017年 続日本100名城に選定される

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江戸幕府DATA
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