井草八幡宮東京都杉並区

秋の井草八幡宮1 秋の井草八幡宮2 秋の井草八幡宮3 秋の井草八幡宮4
  • 旧上井草村・下井草村の鎮守として信仰されてきた八幡宮
  • 源頼朝の奥州征伐伝承や徳川家光の社殿造営を伝える神社
  • 広い境内、流鏑馬神事、神幸祭、縄文遺跡でも知られる杉並の古社

井草八幡宮とは、東京都杉並区善福寺にある神社である。旧上井草村・下井草村の鎮守で、明治時代まではこの付近の古い地名にちなみ、遅野井八幡宮とも呼ばれていた。祭神は八幡大神で、応神天皇を祀る。創建は平安時代末期と伝わり、当初は春日社を祀っていたが、源頼朝が奥州藤原氏征伐の際に戦勝を祈願して立ち寄ったことを契機に、八幡大神を奉斎するようになったとされる。建久4年(1193)には、頼朝が奥州平定を報賽して松を手植えしたという伝承も残る。江戸時代の慶安2年(1649)には、三代将軍・徳川家光が社殿を造営させ、朱印領6石を寄進した。現在の井草八幡宮は、善福寺公園や青梅街道に近い広大な社叢を持つ神社で、3年ごとの神幸祭、5年ごとの流鏑馬神事でも知られる。境内東側付近からは縄文時代中期の住居跡や土器が発見されており、古くから人々が暮らした土地の歴史も伝えている。

井草八幡宮の特長
目的 旧上井草村・下井草村の鎮守、八幡大神への信仰、戦勝祈願、武運長久、地域守護、家内安全、厄除、交通安全、初宮詣、七五三、地域祭礼の中心
特長 井草八幡宮、遅野井八幡宮、八幡大神、応神天皇、春日社、源頼朝、奥州藤原氏征伐、藤原泰衡、太田道灌、徳川家光、朱印領、旧上井草村、旧下井草村、善福寺、青梅街道、神幸祭、流鏑馬神事、文華殿、縄文時代中期、顔面把手付釣手形土器
他の神社との違い ・旧上井草村・下井草村の鎮守として、杉並北西部の地域信仰を支えてきた神社である
・源頼朝が奥州征伐に際して戦勝を祈願したという伝承を持ち、武家の八幡信仰と結びついている
・かつては遅野井八幡宮とも呼ばれ、地域の古い地名や湧水伝承と深く関わる
・3年ごとの神幸祭、5年ごとの流鏑馬神事が行われ、現在も古式を伝える祭礼が残る
・境内周辺から縄文時代中期の住居跡や土器が発見されており、神社の歴史以前の人々の暮らしも感じられる場所である
井草八幡宮DATA
別称 遅野井八幡宮、井草八幡さま
所在地 東京都杉並区
創建 平安時代末期と伝わる。創建当初は春日社を祀っていたが、源頼朝が奥州藤原泰衡征伐の際に戦勝を祈願して立ち寄ったことを契機に、八幡宮を奉斎するようになったとされる
創建者 不詳
主な関係者 源頼朝、太田道灌、徳川家光
祭神 八幡大神(応神天皇)
住所 東京都杉並区善福寺1丁目33-1
電話番号 03-3399-8133
受付時間 9時~16時30分。開閉門時間は月により異なる
休館日 なし
拝観料 無料
備考 井草八幡宮は、旧上井草村・下井草村の鎮守である。明治時代までは遅野井八幡宮とも呼ばれていた。建久4年(1193)には、源頼朝が奥州平定を報賽して松を手植えしたという伝承があり、かつて社前には大きな松があったが、昭和48年(1973)に枯れてしまった。慶安2年(1649)には徳川家光が社殿を造営させ、朱印領6石を寄進した。例祭は9月30日の宵宮祭、10月1日の当日祭を中心に行われ、3年ごとの神幸祭、5年ごとの流鏑馬神事でも知られる。境内東側付近からは縄文時代中期の住居跡や土器が発見され、顔面把手付釣手形土器は国の重要文化財に指定されている。善福寺公園、善福寺池、青梅街道周辺とあわせて巡ると、武蔵野の自然、古代の暮らし、地域信仰を一体で理解しやすい。
井草八幡宮への交通アクセス
JR中央線「西荻窪」駅からバス約5分、徒歩約2分

HISTORY 井草八幡宮について

井草八幡宮の歴史
縄文時代中期 現在の井草八幡宮境内東側付近に人々が暮らし、住居跡や多くの土器が残される。出土した顔面把手付釣手形土器は、のちに国の重要文化財に指定される
平安時代末期 井草八幡宮の前身となる神社が整えられたと伝わる。創建当初は春日社を祀っていたとされる
1180年代 源頼朝が奥州藤原氏征伐に際し、この地に立ち寄って戦勝を祈願したと伝わる
1193年 建久4年、源頼朝が奥州平定を報賽し、社前に松を手植え寄進したと伝わる
鎌倉時代以降 頼朝ゆかりの八幡信仰が重なり、井草八幡宮は地域の鎮守として信仰を集める
室町時代 太田道灌が石神井城の豊島氏を攻める際に、井草八幡宮で戦勝祈願をしたと伝わる
江戸時代前期 井草八幡宮は、上井草村・下井草村の鎮守として地域の信仰を支える
1649年 慶安2年、三代将軍・徳川家光が社殿を造営させ、朱印領6石を寄進する
江戸時代 遅野井八幡宮とも呼ばれ、井草周辺の村々の鎮守として祭礼が行われる
明治時代 神社制度の変化の中で、井草八幡宮として地域の神社運営が整えられる
昭和時代 境内周辺の発掘や調査により、縄文時代中期の住居跡や土器が確認される
1973年 昭和48年、源頼朝が手植えしたと伝わる社前の大松が枯れる
現在 井草八幡宮は、杉並区善福寺に鎮座する旧上井草村・下井草村の鎮守として、神幸祭や流鏑馬神事を伝えながら多くの参拝者を集めている

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