世田谷代官屋敷とは、東京都世田谷区世田谷にある江戸時代の代官屋敷である。大場代官屋敷とも呼ばれ、江戸時代中期以来、彦根藩世田谷領20ヵ村の代官を世襲した大場家の役宅として使われた。大場家はもともと世田谷吉良氏の重臣で、天正年間のはじめ頃に元町の旧居から現在地へ移ったとされる。江戸時代になると、世田谷周辺は彦根藩井伊家の領地となり、大場家はこの地域の行政を担う代官職に就いた。現在残る主屋と表門は、近世中期の代表的な上層民家として旧態をよく残しており、住宅建造物としては都内で初めて国の重要文化財に指定された。主屋には土間、広間、役所の間、次の間、式台玄関などがあり、農家としての構造と代官役宅としての格式が同居している。敷地内には世田谷区立郷土資料館があり、世田谷の歴史、民俗、考古資料とあわせて見学できる。
| 目的 | 彦根藩世田谷領20ヵ村の代官役宅、年貢や村政に関わる行政拠点、名主・村役人との協議の場、大場家の居宅、近世世田谷の地域支配を担う拠点 |
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| 特長 | 世田谷代官屋敷、大場代官屋敷、大場家住宅、彦根藩、井伊家、世田谷領20ヵ村、大場六兵衛盛政、大場弥十郎、大場隼之助景長、主屋、表門、長屋門、茅葺、土間、広間、役所の間、次の間、式台、切腹の間、世田谷区立郷土資料館、ボロ市通り、東京都史跡、国指定重要文化財 |
| 他の史跡との違い | ・城や寺社ではなく、江戸時代の地域行政を担った代官の役宅である ・大名領の代官屋敷としては都内唯一の存在とされ、彦根藩世田谷領の支配構造を知ることができる ・主屋は大型農家の性格を持ちながら、式台玄関や役所の間など代官家にふさわしい格式を備えている ・主屋と表門が国の重要文化財に指定され、近世中期の上層民家建築として高い価値を持つ ・敷地内に世田谷区立郷土資料館があり、世田谷城、吉良氏、彦根藩領、ボロ市などの地域史とあわせて理解しやすい |
| 別称 | 大場代官屋敷、大場家住宅 |
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| 所在地 | 東京都世田谷区 |
| 成立 | 天正年間のはじめ頃、大場越後守信久・大場外記房勝父子が現在地へ居を移したことに始まるとされる |
| 建築 | 主屋は元文2年(1737)に建て替えられ、宝暦3年(1753)に役向専用の書院座敷が増築され、居宅部分も改修された。国指定重要文化財上の主屋年代は宝暦3年(1753) |
| 関係者 | 大場家、彦根藩井伊家、大場越後守信久、大場外記房勝、大場六兵衛盛政、大場弥十郎、大場隼之助景長 |
| 主な建物 | 主屋、表門、内蔵 |
| 文化財指定 | 東京都史跡、国指定重要文化財 |
| 住所 | 東京都世田谷区世田谷1丁目29番18号 |
| 電話番号 | 03-3429-4264(世田谷区 生涯学習課 文化財係) |
| 見学時間 | 9時~17時。座敷公開時間外は土間から見学可能 |
| 休館日 | 月曜日、祝日、月曜日が祝日の場合はその翌日、年末年始12月29日~1月3日 |
| 見学料 | 無料 |
| 備考 | 世田谷代官屋敷は、彦根藩世田谷領20ヵ村の代官を世襲した大場家の役宅である。昭和27年(1952)11月3日に東京都史跡に指定され、同時に大場家所蔵の古文書は都重宝、現在の都指定有形文化財に指定された。昭和53年(1978)1月21日には、主屋と表門が住宅建造物としては都内で初めて国の重要文化財に指定された。敷地内には世田谷区立郷土資料館があり、世田谷の歴史、民俗、考古資料をあわせて見学できる。最寄りは東急世田谷線上町駅で、ボロ市通り、世田谷城跡、豪徳寺、世田谷八幡宮とあわせて巡りやすい。 |
| 天正年間初め頃 | 世田谷吉良氏の重臣であった大場越後守信久・大場外記房勝父子が、元町の旧居から現在地へ移ったとされる |
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| 1578年 | 天正6年、小田原北条氏が世田谷新宿を設け、楽市を開いた頃、大場家は現在地を拠点としていたと考えられる |
| 1590年 | 豊臣秀吉の関東攻めにより後北条氏が滅亡し、世田谷吉良氏も没落する |
| 江戸時代初期 | 世田谷周辺は彦根藩井伊家の領地となり、大場家は地域支配に関わる家として存続する |
| 江戸時代中期 | 大場家は彦根藩世田谷領20ヵ村の代官を世襲するようになり、屋敷は代官役宅として使われる |
| 1737年 | 元文2年、7代当主・大場六兵衛盛政が「座敷居宅大破」のため主屋を建て替える |
| 1739年 | 元文4年、大場六兵衛盛政が代官職に登用される |
| 1753年 | 宝暦3年、大場六兵衛盛政が役向専用の書院座敷を増築し、居宅部分にも改修を加える |
| 1804年 | 文化元年、10代当主・大場弥十郎が書院座敷を建て替える。この時に作成されたと推測される古絵図が、現存最古の図面とされる |
| 1815年 | 文化12年、大場弥十郎が内蔵を建てる |
| 1848年~1854年 | 嘉永年間、11代当主・大場隼之助景長が2階座敷を増築し、名主詰所を新たに設ける |
| 1868年 | 明治維新により江戸幕府と大名領の支配体制が終わり、代官役宅としての役割も失われていく |
| 1923年 | 大正12年、屋敷西側の内蔵が建て替えられる |
| 1952年 | 昭和27年11月3日、世田谷代官屋敷が東京都史跡に指定される。同時に大場家所蔵の古文書が都重宝、現在の都指定有形文化財に指定される |
| 1964年 | 昭和39年9月10日、世田谷代官屋敷の敷地内に世田谷区立郷土資料館が開館する |
| 1967年 | 昭和42年、住宅保存のため主屋の解体修理が行われ、往時の姿が復元される |
| 1967年 | この解体修理に伴い、増築されて邸内の別の場所に移されていた書院座敷が、武者小路実篤の「新しき村」へ移築される |
| 1978年 | 昭和53年1月21日、大場家住宅の主屋と表門が、住宅建造物としては都内で初めて国の重要文化財に指定される |
| 2024年 | 令和6年9月10日、敷地内の世田谷区立郷土資料館が開館60周年を迎える |
| 現在 | 世田谷代官屋敷は、東京都史跡、国指定重要文化財として保存・公開され、世田谷区立郷土資料館とともに世田谷の歴史を伝えている |