豪徳寺とは、東京都世田谷区豪徳寺にある曹洞宗の寺院である。山号は大谿山で、もとは文明12年(1480)に世田谷城主・吉良政忠が建立した弘徳院を前身とする。寛永10年(1633)に世田谷が彦根藩井伊家の所領となると、弘徳院は井伊家の江戸における菩提寺に定められた。万治2年(1659)には、彦根藩2代藩主・井伊直孝の法号「久昌院殿豪徳天英大居士」にちなみ、寺号を豪徳寺と改めた。豪徳寺が井伊家と深く結びついた背景には、井伊直孝が猫に招かれて寺に入り、雷雨を避けたという招き猫伝承がある。境内の招福殿には招福観音が祀られ、多くの参拝者が願いを込めて招福猫児を奉納している。境内には井伊直孝、井伊直弼ら彦根藩主や一族の墓所、延宝5年(1677)建立の仏殿、延宝7年(1679)鋳造の梵鐘、三重塔などがあり、井伊家の歴史、招き猫信仰、世田谷の近世史をあわせて感じられる寺院である。
| 目的 | 彦根藩主井伊家の江戸菩提寺、井伊家一族の供養、曹洞宗寺院としての信仰、招福猫児による開運招福、家内安全、商売繁盛、世田谷領と井伊家の歴史を伝える場 |
|---|---|
| 特長 | 豪徳寺、大谿山、曹洞宗、弘徳院、世田谷吉良氏、吉良政忠、彦根藩、井伊家、井伊直孝、井伊直弼、招福猫児、招き猫、招福殿、仏殿、三重塔、梵鐘、赤門、井伊家墓所、久昌殿、井伊直弼遺愛の茶室、国指定史跡、世田谷区指定有形文化財、宮の坂駅、豪徳寺駅 |
| 他の寺院との違い | ・世田谷吉良氏ゆかりの弘徳院を前身とし、江戸時代に彦根藩主井伊家の菩提寺となった寺院である ・井伊直孝が猫に招かれて雷雨を避けたという伝承から、招き猫発祥の地の一つとして知られている ・境内の招福殿には小判を持たない白い招福猫児が奉納され、豪徳寺ならではの景観をつくっている ・井伊直孝、井伊直弼ら彦根藩主や一族の墓所があり、江戸における大名家墓所の姿を伝えている ・世田谷城跡、世田谷八幡宮、世田谷代官屋敷、松陰神社とあわせて巡ると、世田谷の中世から近世・幕末までの歴史を理解しやすい |
| 別称 | 招き猫の寺、井伊家の菩提寺、旧弘徳院 |
|---|---|
| 正式名称 | 大谿山豪徳寺 |
| 所在地 | 東京都世田谷区 |
| 創建 | 文明12年(1480)。世田谷城主・吉良政忠が弘徳院として建立したことを前身とする |
| 開基 | 吉良政忠 |
| 改称 | 万治2年(1659)。彦根藩2代藩主・井伊直孝の法号「久昌院殿豪徳天英大居士」にちなみ、豪徳寺と改称された |
| 中興開基 | 井伊直孝 |
| 宗派 | 曹洞宗 |
| 山号 | 大谿山 |
| 本尊 | 釈迦如来 |
| 主な文化財 | 彦根藩主井伊家墓所、仏殿、仏殿像、梵鐘 |
| 文化財指定 | 彦根藩主井伊家墓所は国指定史跡。仏殿、仏殿像、梵鐘は世田谷区指定有形文化財 |
| 住所 | 東京都世田谷区豪徳寺2-24-7 |
| 電話番号 | 03-3426-1437 |
| 拝観時間 | 6時~17時。寺務所受付は8時~15時 |
| 休館日 | なし |
| 拝観料 | 無料 |
| 備考 | 豪徳寺は、彦根藩主井伊家の江戸における菩提寺である。井伊家墓所には、2代藩主・井伊直孝、13代藩主・井伊直弼をはじめ、歴代藩主、正室、側室、子息子女、藩士らの墓石が並び、平成20年(2008)に国指定史跡となった。仏殿は延宝5年(1677)の建立で、阿弥陀如来坐像、釈迦如来坐像、弥勒菩薩坐像を安置する。招福殿には招福観音が祀られ、願いが成就した参拝者により多くの招福猫児が奉納されている。三重塔は平成18年(2006)落慶で、招福猫児観音像も安置されている。最寄りは東急世田谷線宮の坂駅で、小田急線豪徳寺駅からも徒歩で訪れられる。 |
| 1480年 | 文明12年、世田谷城主・吉良政忠が弘徳院を建立したとされる。これが現在の豪徳寺の前身である |
|---|---|
| 戦国時代 | 弘徳院は世田谷吉良氏ゆかりの寺院として、世田谷城周辺の信仰と地域支配に関わる存在となる |
| 1590年 | 天正18年、豊臣秀吉の関東攻めにより後北条氏が滅亡し、世田谷吉良氏も没落する |
| 江戸時代初期 | 世田谷周辺は彦根藩井伊家の所領となり、弘徳院は井伊家と関わりを深める |
| 1633年 | 寛永10年、世田谷が彦根藩の所領地となり、文明12年に建立されていた弘徳院を彦根藩主井伊家が江戸菩提寺と定める |
| 江戸時代前期 | 彦根藩2代藩主・井伊直孝が、猫に招かれて寺に入り、雷雨を避けたという招き猫伝承が生まれたとされる |
| 1659年 | 万治2年、井伊直孝の法号「久昌院殿豪徳天英大居士」にちなみ、弘徳院は豪徳寺と改称される |
| 江戸時代前期 | 豪徳寺は、井伊家の江戸菩提寺として、大名家墓所にふさわしい伽藍を整えていく |
| 1677年 | 延宝5年、仏殿が建立される。仏殿には阿弥陀如来坐像、釈迦如来坐像、弥勒菩薩坐像が安置される |
| 1679年 | 延宝7年、梵鐘が藤原正次、釜屋六右衛門により鋳造される。区内最古の梵鐘として伝わる |
| 江戸時代 | 井伊家歴代藩主や一族の墓所が整えられ、豪徳寺は彦根藩井伊家の江戸における重要な菩提寺となる |
| 1854年 | 安政元年、井伊直弼が彦根藩主となる。直弼はのちに大老として幕政を主導する |
| 1860年 | 万延元年、桜田門外の変で井伊直弼が暗殺される。のちに豪徳寺の井伊家墓所に葬られる |
| 明治時代 | 廃藩置県により彦根藩はなくなるが、豪徳寺は井伊家ゆかりの寺院として墓所を守り続ける |
| 1937年 | 昭和12年、納骨堂が建立される |
| 1941年 | 昭和16年、招福殿が建立される。招福観音を祀り、招福猫児の奉納所として知られるようになる |
| 1990年 | 平成2年、仏殿が世田谷区指定有形文化財に指定される |
| 1999年 | 平成11年11月、開祖堂が落慶する |
| 2000年 | 平成12年、豪徳寺の梵鐘が世田谷区指定有形文化財に指定される |
| 2006年 | 平成18年5月、三重塔が落慶する。塔内には釈迦如来像、迦葉尊者像、阿難尊者像、招福猫児観音像が安置される |
| 2008年 | 平成20年3月28日、彦根藩主井伊家墓所が国の史跡に指定される。滋賀県彦根市の清凉寺、滋賀県東近江市の永源寺にある井伊家墓所とあわせて指定された |
| 2020年 | 令和2年9月、地蔵堂が落慶する |
| 2022年 | 令和4年、招福殿が改修される |
| 現在 | 豪徳寺は、井伊家ゆかりの曹洞宗寺院、国指定史跡の井伊家墓所、招福猫児で知られる寺院として、多くの参拝者を集めている |