世田谷八幡宮東京都世田谷区

春の世田谷八幡宮1 春の世田谷八幡宮2 春の世田谷八幡宮3 春の世田谷八幡宮4
  • 寛治5年(1091)に源義家が宇佐八幡宮の分霊を勧請したと伝わる神社
  • 世田谷城主・吉良頼康が社殿を修築造営した世田谷の鎮守
  • 境内に土俵を持ち、江戸三相撲の名所として知られる八幡宮

世田谷八幡宮とは、東京都世田谷区宮坂にある神社である。寛治5年(1091)、陸奥守として後三年の役に関わった源義家が、奥州からの帰途に世田谷の里で豪雨に遭い、十数日間滞在したことに始まると伝わる。義家は戦勝を八幡大神の加護によるものとして深く感謝し、豊前国の宇佐八幡宮の分霊をこの地に勧請し、八幡大神として祀ったとされる。このとき、士卒に奉祝相撲を取らせたことが、現在まで続く奉納相撲の由緒とされる。天文15年(1546)には、世田谷城主・吉良頼康が社殿を修築造営し、正遷宮を行った。江戸時代には社領を与えられ、世田谷の鎮守として信仰を集めた。現在も境内には土俵があり、秋季大祭では奉納相撲が行われる。世田谷八幡宮は、八幡信仰、世田谷城主吉良氏、奉納相撲、地域の鎮守が重なる、世田谷を代表する神社である。

世田谷八幡宮の特長
目的 世田谷の鎮守、八幡大神への戦勝感謝、武運長久、勝負運、厄除、家内安全、交通安全、安産祈願、初宮詣、七五三、地域祭礼の中心
特長 世田谷八幡宮、源義家、後三年の役、宇佐八幡宮、応神天皇、仲哀天皇、神功皇后、八幡信仰、吉良頼康、世田谷城、吉良氏、徳川家康、朱印地、奉納相撲、江戸三相撲、土俵、秋季大祭、厳島神社、高良神社、世田谷招魂神社、宮の坂駅
他の神社との違い ・源義家が後三年の役からの帰途に、宇佐八幡宮の分霊を勧請したと伝わる神社である
・世田谷城主・吉良頼康が社殿を修築造営したことで、世田谷城や吉良氏の歴史とも結びつく
・境内に本格的な土俵があり、秋季大祭で奉納相撲が行われる点が大きな特徴である
・江戸時代には江戸三相撲の一つに数えられ、相撲と神事が結びつく神社として知られた
・豪徳寺、世田谷城跡、勝光院、松陰神社、世田谷代官屋敷などとあわせて巡ると、世田谷の中世から近世の歴史を理解しやすい
世田谷八幡宮DATA
別称 世田谷の八幡さま、江戸三相撲の名所
所在地 東京都世田谷区
創建 寛治5年(1091)。源義家が後三年の役からの帰途、世田谷の地に宇佐八幡宮の分霊を勧請したことに始まると伝わる
創建者 源義家
主な造営者 吉良頼康
祭神 応神天皇、仲哀天皇、神功皇后
住所 東京都世田谷区宮坂1-26-3
電話番号 03-3429-1732
受付時間 電話受付は9時~17時。御祈祷の受付時間は公式の祈祷スケジュールを確認
休館日 なし
拝観料 無料
備考 世田谷八幡宮は、世田谷の鎮守として信仰を集める神社である。境内には本殿、神楽殿、土俵、力石、厳島神社、高良神社、世田谷招魂神社などがある。秋季大祭は9月敬老の日の前の土曜日・日曜日に行われ、奉納相撲は江戸時代に江戸三相撲と呼ばれた行事の名残を伝える。明治5年(1872)には郷社宇佐神社となったが、戦後、文献に基づき元の世田谷八幡宮の社名に復元された。最寄り駅は東急世田谷線宮の坂駅で、豪徳寺や世田谷城跡とあわせて訪れやすい。
世田谷八幡宮への交通アクセス
東急世田谷線「宮の坂」駅から徒歩約5分

HISTORY 世田谷八幡宮について

世田谷八幡宮の歴史
1087年~1094年 後三年の役が起こり、源義家が奥州で清原家衡らと戦う
1091年 寛治5年、源義家が奥州からの帰途、世田谷の里で豪雨に遭い、十数日間滞在したと伝わる
1091年 源義家が戦勝を八幡大神の加護によるものとして感謝し、豊前国宇佐八幡宮の分霊を世田谷に勧請したとされる
1091年 源義家が士卒に奉祝相撲を取らせたと伝わり、これが世田谷八幡宮の奉納相撲の由緒とされる
室町時代 世田谷周辺は吉良氏の勢力下に入り、世田谷城を中心とする地域支配が進む
1546年 天文15年、世田谷城主・吉良頼康が社殿を修築造営し、正遷宮を行ったと伝わる
1546年 吉良頼康が備前雲次の太刀を寄進したと伝わり、世田谷八幡宮は吉良家の祈願所としての性格を強める
1590年 天正18年、豊臣秀吉の関東攻めにより、後北条氏とともに吉良氏が没落する
1591年 天正19年、徳川家康が世田谷八幡宮の旧社領11石を朱印地としたと伝わる
江戸時代 世田谷八幡宮は地域の鎮守として信仰を集め、奉納相撲は江戸三相撲の一つに数えられるようになる
江戸時代 境内の土俵で奉納相撲が行われ、祭礼と相撲が結びついた神社として知られる
1872年 明治5年、郷社宇佐神社の社名となり、旧世田谷村と羽根木を氏子区域とする
1912年 大正元年、境内や氏子地域に散祀されていた天祖神社、高良神社、金比羅神社、六所神社、北野神社、御嶽神社、日御碕神社、稲荷神社が高良神社として整理合祀される
戦後 神社が国家管理を離れた後、郷社の社格は廃止され、社名も文献に基づいて世田谷八幡宮へ復元される
1958年 昭和31年、世田谷区域の日露戦争・太平洋戦争の戦没者を祀る世田谷招魂神社が境内に祀られる
1964年 昭和39年5月、社殿が改築され、現在の社殿となる
現在 世田谷八幡宮は、世田谷の鎮守、江戸三相撲の名残を伝える奉納相撲の神社として、多くの参拝者を集めている

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