新高山城広島県三原市

夏の新高山城1 夏の新高山城2 夏の新高山城3
  • 小早川隆景が本拠とした巨大山城
  • 高山城から本拠を移して築かれた小早川氏の城
  • 本丸・釣井の段・石垣・井戸跡が残る続日本100名城

新高山城とは、広島県三原市本郷町にある戦国時代の山城跡である。天文21年(1552)に小早川隆景が築き、沼田川を挟んで東にあった高山城から本拠を移した。標高約190メートルの新高山山上に、本丸、中の丸、釣井の段、北の丸、太鼓の丸などの曲輪を配し、外郭部によって内郭部を守る構造を持つ。小早川隆景はこの城を本拠として約45年間活動し、のちに三原城へ拠点を移した。現在は国指定史跡「小早川氏城跡」の一部として保存され、石垣、曲輪、井戸、堀切などを歩いて見学できる。

新高山城の特長
目的 小早川隆景の本拠、沼田小早川氏の支配拠点、沼田川流域と瀬戸内海方面を押さえる山城
特長 小早川隆景、本丸、中の丸、釣井の段、石垣、井戸、鐘の段、シンゾウス郭、沼田川、高山城との対峙
他の城との違い ・小早川隆景が高山城から本拠を移して築いた城である
・沼田川を挟んで高山城と向かい合い、小早川氏の城郭群を構成する
・近世城郭ではなく、山上の曲輪・石垣・井戸・堀切を歩いて体感する戦国期山城である
新高山城の石垣・土塁
石垣 一部現存
土塁 現存
種類 石垣、土塁、堀切、曲輪、虎口、枡形、井戸、山城
石材 自然石など
特長 新高山城は、山の地形を利用して多数の曲輪を階段状に配置した戦国時代の山城である。本丸・釣井の段には石垣が残り、釣井の段には6基の井戸が現存する。文化遺産オンラインでは、主要部へ入る虎口に設けられた枡形がよく残り、石垣や枡形の変遷を知る上で貴重な遺構と説明されている。高石垣や天守を見せる城ではなく、石垣・曲輪・虎口・井戸・堀切を通して、小早川隆景の本拠としての実戦的な構造を理解する城である。
新高山城DATA
別称 雄高山城、妻高山城
所在地 広島県三原市
築城 1552年
築城者 小早川隆景
住所 広島県三原市本郷町本郷周辺
電話番号 0848-67-6014
開館時間 新高山城跡は見学自由。本郷生涯学習センターは9時~18時
休館日 新高山城跡はなし。本郷生涯学習センターは12月28日~1月4日
入館料 無料
備考 新高山城跡は国指定史跡「小早川氏城跡 高山城跡 新高山城跡 三原城跡」の一部で、続日本100名城にも選定されている。JR山陽本線「本郷」駅から登山口まで徒歩約25分、登山口から山頂まで徒歩約30分が目安。続日本100名城スタンプは本郷生涯学習センター1階や本郷町観光協会などに設置されている。
新高山城への交通アクセス
JR「本郷」駅から徒歩約27分

HISTORY 新高山城について

新高山城の歴史
鎌倉時代 小早川氏が沼田川流域に勢力を持ち、高山城を本拠として発展する
1552年 小早川隆景が新高山城を築き、高山城から本拠を移す
戦国時代中期 小早川隆景が竹原小早川氏と沼田小早川氏を統合し、新高山城を本拠に勢力を広げる
1561年 毛利元就・毛利隆元父子が小早川隆景を新高山城に訪れたとされる
1567年 小早川隆景が三原城の築城に着手し、瀬戸内海方面への拠点整備を進める
戦国時代後期 新高山城が小早川氏の本拠として機能し、三原城が海上交通を押さえる前進拠点となる
1596年 小早川隆景が三原城へ拠点を移し、新高山城は廃城となる
1957年 小早川氏城跡として、高山城跡・新高山城跡・三原城跡が国の史跡に指定される
2017年 続日本100名城に選定される