橘神社広島県三原市

夏の橘神社1 夏の橘神社2 夏の橘神社3 夏の橘神社4 夏の橘神社5 夏の橘神社6
  • 新高山城跡の南側、三原市本郷南の山裾に鎮座する神社
  • 息長帯比売命・品陀和気命・玉依比売命を祀る、本郷地域の古社
  • 小早川氏ゆかりの新高山城跡とあわせて訪れたい、沼田川西岸の静かな神社

橘神社とは、広島県三原市本郷南にある神社である。JR本郷駅の北西、沼田川西岸の山裾に鎮座し、近くには小早川隆景の居城として知られる新高山城跡がある。主祭神は息長帯比売命、品陀和気命、玉依比売命で、神功皇后、応神天皇、玉依姫命に関わる信仰を伝える神社である。境内社には高良神社、稲荷神社、導神社、若宮神社、八神社、龍王社、招魂社などが祀られているとされ、若宮神社には小早川興平公、正平公、繁平公が祀られている。小早川氏は、沼田川を挟んで高山城・新高山城を本拠とした一族であり、この地域の神社や寺院には小早川氏ゆかりの信仰が重なっている。橘神社は、新高山城跡のような大規模な城郭遺構ではないが、本郷の集落、沼田川、山城、地域信仰をつなぐ場所として見ると理解しやすい。参道には石段が続き、境内は木々に囲まれた静かな空間である。新高山城跡、米山寺、高山城跡、本郷の町並みとあわせて巡ることで、小早川氏の本拠地だった本郷地域の歴史を立体的に感じられる。

橘神社の特長
目的 地域守護、家内安全、厄除、安産、子育て、勝運、交通安全、五穀豊穣、商売繁盛、導きの信仰、小早川氏ゆかりの地域史継承、旧村の英霊慰霊
特長 橘神社、三原市本郷南、本郷町本郷、沼田川、新高山城跡、高山城跡、小早川氏、小早川隆景、小早川興平、小早川正平、小早川繁平、息長帯比売命、品陀和気命、玉依比売命、神功皇后、応神天皇、玉依姫命、高良神社、稲荷神社、導神社、若宮神社、八神社、龍王社、招魂社、橘、石段、山裾の社
他の神社との違い ・新高山城跡の近くにあり、小早川氏の本拠地だった本郷地域の歴史とあわせて理解しやすい
・主祭神は神功皇后、応神天皇、玉依姫命に関わる三柱で、八幡信仰や安産・子育ての信仰とも結びつく
・境内社の若宮神社には小早川氏ゆかりの人物が祀られているとされ、地域武士団の記憶を伝える
・沼田川西岸の山裾に鎮座し、川・山・集落・城跡が近接する本郷らしい立地にある
・観光地化された大社ではなく、地域の氏神的な静けさを残す神社として参拝できる
橘神社への交通アクセス
JR「本郷」駅から徒歩約20分

HISTORY 橘神社について

橘神社の歴史
古代 本郷地域は沼田川流域に位置し、川と山に囲まれた集落として人々の営みが続いた
中世以前 橘神社の詳しい創建年代は不明だが、息長帯比売命、品陀和気命、玉依比売命を祀る神社として地域に信仰された
鎌倉時代 小早川氏の祖とされる土肥実平が、本郷地域の支配と関わりを持ったと伝わる
鎌倉時代 小早川氏は沼田川流域に勢力を広げ、高山城を本拠として地域支配を進めた
鎌倉時代後期 小早川氏5代雅平が、沼田川を挟んで高山城の西側に新高山城を築いたとされる
中世 橘神社周辺の本郷地域は、小早川氏の本拠地である高山城・新高山城に近い集落として発展する
室町時代 小早川氏は備後・安芸に勢力を持つ国人領主として活動し、本郷地域の寺社や集落もその影響下に置かれた
戦国時代 小早川氏の勢力は、毛利氏との関係の中で大きく変化する
1550年代 毛利元就の三男・小早川隆景が小早川家を継ぎ、新高山城を修築して本拠とする
戦国時代後期 小早川隆景は新高山城を拠点に、瀬戸内海への進出と小早川水軍の統制を進める
戦国時代 橘神社周辺は、新高山城を中心とする小早川氏本拠地の一部として、城下・集落・寺社が結びついた地域となる
近世初期 小早川隆景が三原城を築き、本拠を海側の三原へ移す。新高山城はやがて廃城となる
江戸時代 本郷地域の集落は、沼田川流域の村落として続き、橘神社は地域の信仰を支える神社として守られた
江戸時代 神功皇后、応神天皇、玉依姫命に関わる信仰に加え、境内社を通じて稲荷信仰、導きの神、龍神信仰などが重ねられた
近代 明治以降の近代神社制度の中で、橘神社は本郷地域の神社として位置づけられる
近代以降 境内社の招魂社では、旧四か村の英霊が祀られ、地域の慰霊の場としての性格も持つようになる
20世紀 新高山城跡、高山城跡、三原城跡が小早川氏城跡として注目される中で、本郷地域の寺社にも小早川氏ゆかりの歴史が見直される
2017年 新高山城跡と三原城跡が続日本100名城に選定され、本郷地域を訪れる城めぐりの来訪者が増える
現代 橘神社は、新高山城跡の近くにある地域の神社として、城跡散策とあわせて参拝されることがある
現在 橘神社は、三原市本郷南の山裾に鎮座し、主祭神三柱と複数の境内社を祀る本郷地域の神社として、静かに信仰を受け継いでいる