諏訪原城跡とは、静岡県島田市にある戦国時代の山城跡である。牧之原台地の北端部に築かれ、天正元年(1573)に武田勝頼が馬場信春に命じて築城したとされる。城内に諏訪大明神を祀ったことから諏訪原城と呼ばれたと伝わり、駿河・遠江国境の軍事拠点として重視された。天正3年(1575)に徳川家康によって攻め落とされた後は牧野城と呼ばれ、徳川方の城として使われた。現在は国指定史跡として整備され、丸馬出、三日月堀、横堀、曲輪などがよく残る。
| 目的 | 武田氏の遠江侵攻拠点、徳川氏への備え、駿遠国境の防御拠点 |
|---|---|
| 特長 | 丸馬出、三日月堀、横堀、曲輪、後ろ堅固の城、牧之原台地の山城 |
| 他の城との違い | ・武田流築城術を伝える丸馬出と三日月堀がよく残る ・石垣や天守を見せる城ではなく、土塁と空堀を主体とした土の城である ・徳川氏による改修の可能性も指摘されており、武田氏と徳川氏の築城技術を考えるうえで重要な城跡である |
| 石垣 | なし |
|---|---|
| 土塁 | 現存 |
| 種類 | 土塁、空堀、横堀、三日月堀、丸馬出、曲輪、山城 |
| 石材 | 該当なし |
| 特長 | 諏訪原城跡は石垣を主体とする城ではなく、土塁と空堀によって構成された戦国時代の山城である。三日月堀と馬出がセットになった丸馬出が良好に残り、敵の進入路を制限しながら側面攻撃を仕掛ける構造を確認できる。牧之原台地の断崖を背にした後ろ堅固の城であり、自然地形と土の防御施設を組み合わせた実戦的な縄張りが大きな見どころである。 |
| 別称 | 牧野城、諏訪之原城 |
|---|---|
| 所在地 | 静岡県島田市 |
| 築城 | 1573年 |
| 築城者 | 武田勝頼 |
| 住所 | 静岡県島田市菊川1174周辺 |
| 電話番号 | 0547-36-7967 |
| 開館時間 | 諏訪原城跡は見学自由。諏訪原城ビジターセンターは10時~16時 |
| 休館日 | 諏訪原城跡はなし。諏訪原城ビジターセンターは月曜日。月曜日が休日の場合はその直後の休日以外の日。年末年始(12月29日~1月3日) |
| 入館料 | 無料 |
| 備考 | 諏訪原城跡は国指定史跡で、続日本100名城にも選定されている。諏訪原城ビジターセンターでは、諏訪原城の歴史や構造、発掘調査の成果、出土品、ジオラマ模型などを見学できる。続日本100名城スタンプは、諏訪原城跡の鉄庫に設置されている。 |
| 1573年 | 武田勝頼が馬場信春に命じ、牧之原台地に諏訪原城を築く |
|---|---|
| 戦国時代 | 武田氏の遠江侵攻拠点、徳川氏への備えとして機能する |
| 1575年 | 徳川家康が諏訪原城を攻め落とす |
| 1575年以降 | 徳川方の城となり、牧野城と呼ばれる |
| 戦国時代後期 | 徳川氏により改修された可能性が指摘される |
| 1590年頃 | 徳川家康の関東移封などにより、城としての役割を終えたと考えられる |
| 1975年 | 諏訪原城跡が国の史跡に指定される |
| 2017年 | 続日本100名城に選定される |
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静岡県島田市にある諏訪原城は、武田勝頼が築いた山城です。戦国末期の武田流築城術が残り、丸馬出や三日月堀などが見応えがあります。続日本100名城にも選ばれています。