高天神城跡とは、静岡県掛川市にある戦国時代の山城跡である。標高132メートルの鶴翁山に築かれ、遠江支配をめぐって徳川氏と武田氏が激しい攻防を繰り広げた城として知られる。東峰と西峰にそれぞれ曲輪群を備え、独立した城郭が並ぶような「一城別郭」の構造を持つ。現在は国指定史跡として整備され、本丸跡、西の丸跡、井戸曲輪、堀切、土塁などから、東海一の堅塁とも称された山城の姿をたどることができる。
| 目的 | 遠江支配の拠点、徳川氏・武田氏の前線拠点、東海道周辺の軍事拠点 |
|---|---|
| 特長 | 山城、一城別郭、東峰・西峰の曲輪群、堀切、土塁、井戸曲輪 |
| 他の城との違い | ・徳川氏と武田氏が激しく争奪した城である ・東峰と西峰がそれぞれ独立した城として機能するような構造を持つ ・石垣や天守を見せる城ではなく、山の地形・曲輪・堀切・土塁を活かした土の城である |
| 石垣 | なし |
|---|---|
| 土塁 | 現存 |
| 種類 | 土塁、堀切、竪堀、曲輪、井戸曲輪、山城 |
| 石材 | 該当なし |
| 特長 | 高天神城跡は石垣を主体とする城ではなく、鶴翁山の地形を活かし、土塁・堀切・竪堀・曲輪によって構成された戦国時代の山城である。中央の井戸曲輪を挟んで、東峰には本丸・御前曲輪・的場曲輪・三の丸、西峰には西の丸・二の丸・堂の尾曲輪・井楼曲輪が配置され、それぞれが独立した城のように機能した。自然地形と土の防御施設を組み合わせた、実戦的な縄張りが高天神城跡の大きな見どころである。 |
| 別称 | 鶴舞城 |
|---|---|
| 所在地 | 静岡県掛川市 |
| 築城 | 16世紀初頭以前 |
| 築城者 | 不明 |
| 住所 | 静岡県掛川市上土方嶺向3136周辺 |
| 電話番号 | 0537-21-1149 |
| 開館時間 | 見学自由 |
| 休館日 | なし |
| 入館料 | 無料 |
| 備考 | 高天神城跡は国指定史跡で、続日本100名城にも選定されている。標高132メートルの鶴翁山に築かれた山城で、山道を歩いて本丸跡や西の丸跡、井戸曲輪などを巡る。北側に搦手門駐車場、南側に追手門駐車場があり、いずれも無料で利用できる。 |
| 16世紀初頭以前 | 今川氏の家臣・福島氏が高天神城主であったことが確認される |
|---|---|
| 戦国時代 | 小笠原氏が城主となり、遠江支配の重要拠点となる |
| 1568年 | 徳川家康が遠江へ進出し、高天神城は徳川方の城となる |
| 1574年 | 武田勝頼が高天神城を攻め落とし、武田方の城となる |
| 1575年 | 長篠・設楽原の戦いで武田氏が大敗し、高天神城は遠江における武田方の重要拠点として孤立を深める |
| 戦国時代後期 | 徳川家康が周辺に砦を築き、高天神城を包囲する |
| 1581年 | 徳川家康の兵糧攻めにより高天神城が落城する |
| 1581年 | 落城後、高天神城は廃城となる |
| 1975年 | 高天神城跡が国の史跡に指定される |
| 2017年 | 続日本100名城に選定される |
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静岡県掛川市にあった高天神城は、「高天神を制する者は遠州を制す」と言われた要衝です。戦国時代には徳川氏と武田氏が城をめぐって激しく争いました。標高132mの鶴翁山にあり、「鶴舞城」の別名を持ちます。続日本100名城にも選ばれています。