豊国神社愛知県名古屋市

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  • 豊臣秀吉の生誕地とされる尾張中村に創建された、秀吉ゆかりの神社
  • 豊臣秀吉公を御祭神とし、摂社では加藤清正公も祀る中村公園の中心的な社
  • 出世・開運・茶道・建設の神として信仰される、名古屋の豊臣ゆかりの参拝スポット

豊國神社とは、愛知県名古屋市中村区の中村公園内にある、豊臣秀吉を祀る神社である。明治18年(1885)、豊臣秀吉の生誕地とされる尾張中村に創建され、現在も秀吉ゆかりの地を象徴する社として親しまれている。御祭神は豊臣秀吉公で、境内の摂社では同じ中村出身とされる加藤清正公も祀られている。農民から天下人へと上りつめた秀吉の生涯にちなみ、出世、開運、茶道、建設などの祈願で知られ、地元の人々だけでなく全国から参拝者が訪れる。周辺には名古屋市秀吉清正記念館や常泉寺など、秀吉・清正ゆかりの史跡も点在しており、名古屋における豊臣ゆかりの歴史散策の中心となる場所である。

豊國神社の特長
目的 豊臣秀吉公の顕彰、出世開運、商売繁盛、茶道上達、建設関係の祈願、地域の鎮守、秀吉・清正ゆかりの歴史散策
特長 豊國神社、豊国神社、名古屋市中村区、中村公園、豊臣秀吉、豊臣秀吉生誕地、加藤清正、北政所、出世、開運、茶道、建設、太閤まつり、出世稚児行列、名古屋市秀吉清正記念館
他の神社との違い ・豊臣秀吉の生誕地とされる尾張中村に創建された神社である
・京都や大阪の豊国神社とは異なり、名古屋の秀吉生誕伝承と結びついている
・境内の摂社で加藤清正公も祀られ、秀吉と清正をあわせてたどれる場所である
・中村公園、名古屋市秀吉清正記念館、常泉寺などが近く、周辺一帯で豊臣ゆかりの歴史を歩ける
・毎年5月の太閤まつりなどを通じ、秀吉を顕彰する地域行事の中心にもなっている
豊國神社DATA
別称 豊国神社、中村の豊國神社
正式名称 豊國神社
所在地 愛知県名古屋市中村区中村町木下屋敷、中村公園内
創建 明治18年(1885)
創建の背景 豊臣秀吉公の生誕地とされる尾張中村に、地元有志らによって創建された
御祭神 豊臣秀吉公、北政所
摂社 加藤清正公を祀る摂社がある
御利益 出世、開運、茶道、建設、商売繁盛、勝負運など
主な行事 太閤まつり、出世稚児行列、月次祭など
主な見どころ 社殿、境内のひょうたん意匠、大鳥居、中村公園、名古屋市秀吉清正記念館、周辺の秀吉・清正ゆかりの史跡
文化財指定 神社そのものについて、確認できる国指定文化財・世界遺産指定はない
参拝料 無料
参拝時間 境内は見学しやすいが、社務所・授与所の対応時間は変更される場合があるため、最新情報は公式サイトを確認
駐車場 なし。公共交通機関の利用が推奨される
アクセス 地下鉄東山線「中村公園」駅から徒歩約10分
備考 豊國神社は、秀吉を祀る神社としてだけでなく、名古屋の中村が豊臣秀吉・加藤清正ゆかりの地であることを伝える拠点でもある。中村公園や名古屋市秀吉清正記念館とあわせて訪れると、尾張中村から天下人となった秀吉の物語をたどりやすい。
豊国神社への交通アクセス
地下鉄東山線「中村公園」駅下車徒歩8分。

HISTORY 豊国神社について

豊國神社の歴史
安土桃山時代 豊臣秀吉は尾張中村の出身と伝えられ、のちに天下人となる。中村の地は、秀吉の生誕伝承と結びつく場所として語られるようになった。
江戸時代 豊臣氏滅亡後、徳川政権下では豊臣秀吉を神として祀る信仰は抑えられた。中村の秀吉ゆかりの記憶も、地域の伝承や寺社に残されていった。
明治18年(1885) 明治維新後に豊臣秀吉を顕彰する動きが高まり、豊臣秀吉の生誕地とされる尾張中村に豊國神社が創建される。
大正10年(1921) 中村区が名古屋市に編入される。これを記念する動きのなかで、豊國神社周辺の整備が進められていく。
昭和4年(1929) 現在につながる社殿整備が進められ、同年に起工・竣工したとされる。豊國神社は中村公園の中心的な存在として整えられた。
昭和5年(1930) 元旦に盛大な竣工式が行われた。山車や花電車も出るなど、地域をあげた行事として祝われた。
昭和以降 豊國神社を中心に中村公園が整備され、周辺には名古屋市秀吉清正記念館なども設けられる。秀吉・清正ゆかりの地として親しまれるようになった。
令和6年(2024) 豊臣秀吉の正室である北政所が御祭神として合祀される。秀吉を祀る神社としての性格に、夫婦の縁や支え合いを意識した信仰も加わった。
現在 出世・開運・茶道・建設の神として参拝者を集め、毎年5月の太閤まつりでは出世稚児行列などが行われる。名古屋の豊臣ゆかりの地を巡る拠点としても重要な場所である。