本多家の家紋「丸に立ち葵」
西尾城とは、愛知県西尾市にある中世から近世にかけての城跡である。鎌倉時代初期に足利義氏が築いた西条城を始まりとすると伝わり、江戸時代には西尾藩六万石の政庁として機能した。城下町を取り込む惣構えの城であり、天守が本丸ではなく二之丸に置かれていた点でも知られる。現在は西尾市歴史公園として整備され、本丸丑寅櫓、二之丸丑寅櫓、鍮石門、旧近衛邸などが城下町西尾の面影を伝えている。
| 目的 | 西尾藩の政庁、城下町支配の拠点、東三河・西三河の要地支配 |
|---|---|
| 特長 | 二之丸天守、惣構え、本丸丑寅櫓、二之丸丑寅櫓、鍮石門、城下町 |
| 他の城との違い | ・天守が本丸ではなく二之丸にあった珍しい城である ・城下町を土塁や堀で囲む惣構えの城であった ・現在は本丸丑寅櫓、二之丸丑寅櫓、鍮石門などが復元され、西尾市歴史公園として整備されている |
| 石垣 | 一部復元・出土遺構あり |
|---|---|
| 土塁 | 一部痕跡あり |
| 種類 | 石垣、土塁、堀、惣構え、曲輪、櫓台 |
| 石材 | 幡豆石など |
| 特長 | 西尾城は、城下町を取り込む惣構えを持つ城で、堀や土塁、石垣によって曲輪や城下を区画していた。現在の西尾市歴史公園では、本丸丑寅櫓や鍮石門、二之丸丑寅櫓の周辺に石垣が復元整備され、かつての城郭景観をしのぶことができる。二之丸には天守台があり、西尾城が本丸ではなく二之丸に天守を置いた城であったことを示している。 |
| 別称 | 西条城、西条陣屋、鶴城、錦丘城 |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県西尾市 |
| 築城 | 鎌倉時代初期と伝わる |
| 築城者 | 足利義氏と伝わる |
| 住所 | 愛知県西尾市錦城町231番地1 |
| 電話番号 | 0563-54-6758 |
| 開館時間 | 西尾市歴史公園は4月~9月が9時~18時、10月~3月が9時~17時。本丸丑寅櫓の内部公開は9時30分~16時 |
| 休館日 | 月曜日。祝日の場合は開館。12月29日~1月3日。園内散策は自由 |
| 入館料 | 無料 |
| 備考 | 現在は西尾市歴史公園として整備されている。園内には本丸丑寅櫓、二之丸丑寅櫓、鍮石門、旧近衛邸、尚古荘などがある。本丸丑寅櫓と鍮石門は1996年に再建され、二之丸丑寅櫓と屏風折れの土塀は2020年に完成した。 |
| 鎌倉時代初期 | 足利義氏が西条城を築いたと伝わる |
|---|---|
| 戦国時代 | 吉良氏や今川氏、徳川氏などの勢力争いの中で、西尾周辺が重要な拠点となる |
| 1585年 | 徳川家康の命により、酒井重忠が西尾城主となる |
| 江戸時代 | 西尾藩の政庁として機能し、歴代藩主により城と城下町が整備される |
| 1764年 | 大給松平家が西尾藩主となり、西尾六万石の城下町として栄える |
| 1871年 | 廃藩置県により西尾藩が廃止される |
| 明治時代 | 西尾城の建物や堀の多くが失われる |
| 1996年 | 本丸丑寅櫓と鍮石門が再建される |
| 2020年 | 二之丸丑寅櫓と屏風折れの土塀が完成する |
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本多家の家紋「丸に立ち葵」
| 藩庁 | 西尾城 |
|---|---|
| 旧地域 | 三河国幡豆郡西尾 |
| 石高 | 3万5000石 |
| 譜代・外様 | 親藩・譜代 |
| 主な藩主 | 本多家、松平家、太田家、井伊家、増山家、土井家、三浦家 |