正源寺とは、千葉県君津市久留里市場にある浄土宗の寺院である。山号は福徳山、院号は東陽院で、本尊は阿弥陀如来坐像である。徳治2年(1307)、時宗の高僧・他阿真教上人によって、上総の念仏根本道場として創建されたと伝わる。その後、戦国時代の天文15年(1546)頃、久留里城を拠点とした戦国大名・里見義堯に取り立てられ、義堯の母の菩提寺になったとされる。境内には、里見氏ゆかりの「加勢観世音菩薩」を安置する観音堂があり、久留里城が危機に陥った際、観音が義堯に加勢したという伝承が残る。現在の正源寺は、久留里駅から近い市街地にあり、久留里城、久留里の名水、城下町の面影とあわせて巡ることで、戦国期から近世にかけての久留里の歴史を感じられる寺院である。
| 目的 | 上総における念仏布教の道場、久留里城下の寺院、里見義堯母の菩提寺、里見氏ゆかりの加勢観世音菩薩の信仰、地域の供養と祈願の場 |
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| 特長 | 正源寺、福徳山、東陽院、浄土宗、他阿真教上人、阿弥陀如来坐像、久留里、久留里城、里見義堯、里見氏、加勢観世音菩薩、観音堂、上総の念仏根本道場、久留里城下、久留里駅、久留里の名水 |
| 他の寺院との違い | ・徳治2年(1307)創建と伝わる、久留里でも古い歴史を持つ寺院である ・当初は時宗の高僧・他阿真教上人による念仏道場として始まったとされ、のちに浄土宗寺院となった ・久留里城主・里見義堯の母の菩提寺とされ、久留里城と里見氏の歴史を考えるうえで重要な寺院である ・境内の観音堂には、里見氏の戦勝祈願仏と伝わる加勢観世音菩薩が安置されている ・久留里駅から近く、久留里城や久留里の名水スポットとあわせて歩きやすい城下町の寺院である |
| 別称 | 福徳山東陽院正源寺 |
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| 所在地 | 千葉県君津市 |
| 創建 | 徳治2年(1307)。時宗の高僧・他阿真教上人により、上総の念仏根本道場として創建されたと伝わる |
| 開山 | 他阿真教上人 |
| 宗派 | 浄土宗 |
| 山号 | 福徳山 |
| 院号 | 東陽院 |
| 本尊 | 阿弥陀如来坐像 |
| 住所 | 千葉県君津市久留里市場185-1 |
| 電話番号 | 0439-27-3671 |
| 参拝時間 | 境内参拝自由 |
| 休館日 | なし |
| 拝観料 | 無料 |
| 備考 | 正源寺は、久留里城下にある里見氏ゆかりの寺院である。戦国時代には、久留里城を本城とした里見義堯に取り立てられ、義堯の母の菩提寺になったと伝わる。境内には、里見氏の戦勝祈願仏とされる加勢観世音菩薩を安置する観音堂があり、久留里城が北条方に攻められた際、観音が義堯に加勢したという伝承が残る。久留里駅から近く、久留里城、久留里の名水、城下町の散策とあわせて訪れやすい。 |
| 1307年 | 徳治2年、時宗の高僧・他阿真教上人により、上総の念仏根本道場として正源寺が創建されたと伝わる |
|---|---|
| 鎌倉時代 | 他阿真教上人がこの地にとどまり、念仏布教に努めたとされる |
| 室町時代 | 上総における念仏信仰の寺院として存続する |
| 1546年 | 天文15年頃、久留里城を本城とした里見義堯に取り立てられ、義堯の母の菩提寺になったと伝わる |
| 戦国時代 | 里見氏の保護を受け、久留里城下の寺院としての性格を強める |
| 戦国時代 | 里見義堯が北条方との戦いに際して観音の加勢を受けたという伝承が生まれ、観音像は加勢観世音菩薩と呼ばれるようになったとされる |
| 戦国時代後期 | 久留里城内に安置されていた里見氏の戦勝祈願仏が、正源寺境内の観音堂に安置されたと伝わる |
| 江戸時代初期 | 里見氏が久留里を離れ、のちに改易される。正源寺は里見氏という大きな後ろ盾を失う |
| 江戸時代 | 久留里の町場にある寺院として、地域の供養や信仰を支える |
| 近代 | 明治期の社会変化の中で、寺院の姿は大きく変化し、往時の伽藍の多くは失われたとされる |
| 現在 | 正源寺は、福徳山東陽院正源寺として、久留里城下と里見氏ゆかりの歴史を伝える寺院として参拝されている |