- 飫肥藩島津氏との長い領地争いの結果、伊東氏のものに
- 飫肥藩は江戸時代を通じて日向伊東氏14代にわたってが治めた藩です。藩庁である飫肥城は、室町時代末期から豊臣秀吉の九州平定まで100年近く島津氏と伊東氏が所有を巡って争いました。1つの領地(城)がこれほ
飫肥城とは、宮崎県日南市飫肥にある中世から近世にかけての城跡である。酒谷川北岸のシラス台地を利用して築かれた城で、日向伊東氏と島津氏が長く争った城として知られる。戦国時代には伊東氏48城のひとつとなり、飫肥をめぐる攻防は日向支配を左右する重要な争いとなった。豊臣秀吉の九州平定後、伊東祐兵が飫肥に復帰し、江戸時代には伊東氏飫肥藩の藩庁となった。現在は復元大手門、飫肥城歴史資料館、松尾の丸、豫章館、武家屋敷通りなどが整備され、城跡と城下町を一体で歩ける。
| 目的 | 飫肥藩の政庁、伊東氏の居城、日南・南日向支配の拠点、飫肥城下町形成の中心 |
|---|---|
| 特長 | 伊東祐兵、伊東氏、島津氏、飫肥藩、飫肥城下町、大手門、飫肥城歴史資料館、松尾の丸、豫章館、飫肥杉、日本100名城 |
| 他の城との違い | ・伊東氏が明治維新まで治めた飫肥藩の本拠である ・日向伊東氏と島津氏が長く争った境目の城である ・城跡単体ではなく、重要伝統的建造物群保存地区の飫肥城下町と一体で見学できる |
| 石垣 | 現存・復元整備 |
|---|---|
| 土塁 | 現存・痕跡あり |
| 種類 | 石垣、土塁、空堀、曲輪、虎口、群郭式平山城、シラス台地の城 |
| 石材 | 自然石、飫肥石など |
| 特長 | 飫肥城は、シラス台地の地形を利用して曲輪を並べた群郭式の平山城である。石垣だけで威圧する近世城郭ではなく、台地の高低差、空堀、土塁、曲輪を組み合わせて守る構造を持つ。現在は大手門周辺や城内各所で石垣を確認でき、旧本丸跡には飫肥杉が立ち並ぶ。主な遺構は旧本丸、松尾の丸、石垣、空堀、土塁などで、復元大手門や再建された御殿風建物とあわせて、飫肥藩の城郭景観をたどることができる。 |
| 別称 | 舞鶴城、久松城、葦陽城 |
|---|---|
| 所在地 | 宮崎県日南市 |
| 築城 | 戦国時代初期と推定 |
| 築城者 | 土持氏、または新納氏に関わる城とされる。近世飫肥城は伊東氏により整備 |
| 住所 | 宮崎県日南市飫肥10丁目周辺 |
| 電話番号 | 0987-25-1905 |
| 開館時間 | 飫肥城跡は見学自由。飫肥城歴史資料館など有料施設は9時30分~17時。最終受付は16時30分まで |
| 休館日 | 飫肥城跡はなし。有料施設は12月29日~12月31日 |
| 入館料 | 飫肥城跡は無料。飫肥城歴史資料館など1施設ごとは大人300円、大学生・高校生200円、小・中学生100円。由緒施設共通券は大人800円、大学生・高校生600円、小・中学生350円 |
| 備考 | 飫肥城は日本100名城に選定されている。飫肥城歴史資料館は昭和53年(1978)に開館し、令和3年(2021)にリニューアルオープンした。共通券で見学できる由緒施設には、飫肥城歴史資料館、豫章館、松尾の丸、小村寿太郎記念館、旧高橋源次郎家、商家資料館、旧山本猪平家などがある。JR飫肥駅から徒歩約15~20分。飫肥城下町は国の重要伝統的建造物群保存地区である。 |
飫肥城は、宮崎県日南市飫肥に築かれた群郭式の平山城です。15世紀に日向中北部を支配する伊東氏と九州統一をもくろむ島津氏との争いの舞台になった城で、江戸時代は伊東氏飫肥藩の藩庁として栄えました。そんな飫肥城の歴史を紐解いていきましょう。
| 戦国時代初期 | 飫肥のシラス台地上に城が築かれたと推定される |
|---|---|
| 戦国時代 | 飫肥城をめぐり、日向伊東氏と島津氏が長く争う |
| 戦国時代 | 飫肥城は伊東氏48城のひとつとして、南日向支配の重要拠点となる |
| 1577年 | 伊東氏が島津氏に敗れて日向を退き、飫肥城も島津氏の支配下に入る |
| 1587年 | 豊臣秀吉の九州平定後、伊東祐兵が飫肥を与えられ、伊東氏が飫肥に復帰する |
| 江戸時代 | 伊東氏が飫肥藩主として明治維新まで飫肥を治める |
| 江戸時代 | 飫肥城を中心に、武家屋敷、町人地、寺社が整えられ、飫肥城下町が発展する |
| 1871年 | 廃藩置県により飫肥藩が廃止され、飫肥城は城としての役割を終える |
| 1873年 | 廃城令により、城内の建物が失われていく |
| 1977年 | 飫肥城下町が九州・沖縄地方で初めて国の重要伝統的建造物群保存地区に選定される |
| 1978年 | 大手門が復元され、飫肥城歴史資料館が開館する |
| 2006年 | 日本100名城に選定される |
| 2021年 | 飫肥城歴史資料館がリニューアルオープンする |
| 藩庁 | 飫肥城 |
|---|---|
| 旧地域 | 日向国宮崎郡・那珂郡 |
| 石高 | 5万7000石 |
| 譜代・外様 | 外様 |
| 主な藩主 | 伊東家 |
| 推定人口 | 4万8000人(明治元年) |
宮崎県日南市飫肥にあった「飫肥城」(おびじょう)は日本100名城のひとつです。海運の要衝だった油津に近く、酒谷川を通じて多くの舟が行き交いました。島津氏と伊東氏が長らく争奪戦をおこなった地としても知られており、江戸時代は飫肥藩・伊東氏5万1千石の拠点として栄えました。現在は城跡に石垣と復元された大手門が残るほか、城下町が重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。