綾城宮崎県東諸県郡

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  • 綾氏の居城として始まった日向の中世山城
  • 伊東氏48城のひとつとして島津氏との攻防に関わった城
  • 現在は中世城楼風の建物と綾国際クラフトの城として整備

綾城とは、宮崎県東諸県郡綾町にあった中世山城である。元弘年間、1331年から1334年頃に、足利尊氏の家臣であった細川小四郎義門がこの地に下向し、その子・義遠が綾を領有して山城を構え、綾氏を称したことに始まると考えられている。綾氏は数代にわたってこの地を治めたが、室町時代には都於郡城を本拠とする伊東氏の家臣となり、綾城も伊東氏48城のひとつとして機能した。現在の綾城は、昭和60年に中世山城の城楼建造物として考察・構築された建物であり、史実上の天守をそのまま復元したものではない。現在は綾町の歴史資料や刀工・田中國廣の刀、工芸文化を紹介する施設として公開されている。

綾城の特長
目的 綾地域の支配拠点、伊東氏48城のひとつ、日向中央部の防衛拠点、島津氏との境目の城
特長 綾氏、細川義門、細川義遠、伊東氏48城、山城、中世城楼、田中國廣、綾国際クラフトの城、綾陽校記念館
他の城との違い ・伊東氏48城のひとつとして、日向伊東氏の支城網に組み込まれた城である
・現在の城楼は、史実上の天守を復元したものではなく、中世山城の建物を考察して構築されたものである
・城跡だけでなく、綾町の伝統工芸を紹介する綾国際クラフトの城と一体で楽しめる
綾城の石垣・土塁
石垣 明確な近世城郭遺構としての石垣は限定的
土塁 一部地形・痕跡あり
種類 山城、曲輪、切岸、土塁、堀切、中世城楼、模擬・考証建築
石材 該当なし。現在の施設整備に伴う石材利用はあり
特長 綾城は、石垣を主役とする近世城郭ではなく、山の地形を利用した中世山城である。現在の綾城には城楼風の建物が建つが、これは昭和60年に中世山城の築城について考察を行い、戦国初期の城楼建造物として構築されたものである。したがって、現在見える建物や整備された石積みを、そのまま中世の遺構として扱うのは避けたい。城郭としては、綾の山城が伊東氏48城の一角を担ったこと、綾氏から伊東氏、さらに島津氏へと勢力が移る日向の戦国史の中で理解するのが自然である。
綾城DATA
別称 竜尾城
所在地 宮崎県東諸県郡綾町
築城 元弘年間、1331年~1334年頃と考えられる
築城者 細川小四郎義門、またはその子・細川義遠と伝わる
住所 宮崎県東諸県郡綾町大字北俣1012
電話番号 0985-77-1223
開館時間 4月~9月は9時~17時30分、10月~3月は9時~17時
休館日 木曜日。祝日の場合は開館し、翌日休館
入館料 大人・高校生500円、小・中学生350円、小学生未満無料。綾城と綾国際クラフトの城の共通料金
備考 現在の綾城は、昭和60年に中世山城の城楼建造物として考察・構築された建物であり、史実上の天守を完全に復元したものではない。綾城敷地内には、昔の小学校校舎を移設した綾陽校記念館、町内の工芸品を展示販売する綾国際クラフトの城、織物・陶芸体験ができる体験館がある。綾城では綾の歴史資料や、刀工・田中國廣の刀などを見学できる。駐車場あり。
綾城への交通アクセス
JR「南宮崎」駅 宮崎交通バス綾行きで約1時間、綾待合所下車、徒歩15分

HISTORY 綾城について

綾城の歴史
1331年~1334年頃 足利尊氏の家臣・細川小四郎義門がこの地方へ下向し、その子・義遠が綾を領有して山城を構えたと考えられる
南北朝時代 細川義遠が綾氏を称し、綾城を拠点にこの地域を治めたと伝わる
室町時代 綾氏が都於郡城を本拠とする伊東氏の家臣となり、綾城は伊東氏48城のひとつとなる
戦国時代 綾城が伊東氏の支城として、島津氏と対峙する日向の防衛網の一部となる
1577年頃 伊東氏が島津氏に敗れて日向を退き、綾城周辺も島津氏の支配下に入る
江戸時代初期 一国一城令により、綾城は城としての役割を終えたとされる
1985年 中世山城の城楼建造物として考察された現在の綾城が構築される
現在 綾城、綾国際クラフトの城、綾陽校記念館、体験館が一体となり、綾町の歴史と工芸文化を紹介する観光施設となっている