月山日和城宮崎県都城市

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  • 都城盆地北部の拠点となった中世山城
  • 肝付氏・伊東氏・北郷氏・伊集院氏が関わった境目の城
  • 現在は模擬天守の高城郷土資料館として整備

月山日和城とは、宮崎県都城市高城町にあった中世山城である。南北朝時代、南朝方の肝付兼重によって築かれた「三俣院兼重本城」が始まりと伝わるが、その所在地には諸説がある。戦国時代には都城盆地北部を押さえる重要な拠点となり、北郷氏、伊東氏、伊集院氏などが支配した。城はシラス台地の端部を利用し、池の城・内の城・真城・本城・中の城・樽原・取添の7つの曲輪で構成された。現在は池の城の空堀部分に高城郷土資料館が建ち、模擬天守の展望室から都城盆地を一望できる。

月山日和城の特長
目的 都城盆地北部の支配拠点、三股院・高城地域の防衛拠点、伊東氏・北郷氏・島津氏の境目の城
特長 肝付兼重、北郷忠相、伊東氏、北郷氏、伊集院氏、都城盆地、シラス台地、空堀、曲輪、高城郷土資料館、模擬天守
他の城との違い ・都城盆地をめぐる勢力争いの舞台となった城である
・池の城・内の城・真城・本城・中の城・樽原・取添の7つの曲輪からなる中世山城である
・現在の天守風建物は史実上の復元天守ではなく、高城郷土資料館として建てられた模擬天守である
月山日和城の石垣・土塁
石垣 中世城郭遺構としての明確な石垣は限定的
土塁 一部地形・痕跡あり
種類 曲輪、空堀、切岸、土塁、山城、シラス台地の城、模擬天守
石材 該当なし。現在の施設整備に伴う石材利用はあり
特長 月山日和城は、石垣を主役とする近世城郭ではなく、シラス台地の端部を利用して築かれた中世山城である。現在の城の形は戦国時代に完成したとされ、池の城・内の城・真城・本城・中の城・樽原・取添の7つの曲輪で構成されていた。現在は池の城の空堀部分に高城郷土資料館が建つため、現地で見える天守風建物や整備された石積みを、中世の遺構として扱うのは避けたい。城郭としては、都城盆地北部を見渡す立地、曲輪群、空堀、切岸などの地形を中心に理解するのが自然である。
月山日和城DATA
別称 高城、日和城、三俣院兼重本城
所在地 宮崎県都城市
築城 南北朝時代と伝わる
築城者 肝付兼重と伝わる
住所 宮崎県都城市高城町大井手2643番地5周辺
電話番号 0986-58-5963
開館時間 高城郷土資料館は9時30分~17時
休館日 月曜日。月曜日が祝日の場合は翌日。年末年始、12月29日~1月3日
入館料 大人220円、高校生160円、小・中学生110円
備考 現在の天守風建物は高城郷土資料館であり、史実上の天守を復元したものではない。館内では高城地区の歴史・文化に関する考古資料、歴史資料、民俗資料などを展示している。展望室からは都城盆地を一望できる。高城郷土資料館は池の城の空堀部分に建てられている。宮崎自動車道都城ICから車で約5分、JR山之口駅から車で約5分。
月山日和城への交通アクセス
JR「都城」駅よりバス約30分、高城上町下車、徒歩5分

HISTORY 月山日和城について

月山日和城の歴史
南北朝時代 南朝方の肝付兼重が三俣院兼重本城を築いたと伝わる
1339年頃 肝付兼重が北朝方の畠山軍と戦い、落城したと伝わる
南北朝時代以降 城は畠山氏、和田氏などの支配を経たと伝わる
1495年 伊東氏との領地交換により、月山日和城が伊東氏の支配下に入ったとされる
戦国時代 月山日和城は都城盆地北部の拠点城郭として、北郷氏や伊東氏、伊集院氏などが支配する
戦国時代 現在に伝わる池の城・内の城・真城・本城・中の城・樽原・取添の7つの曲輪を持つ城の形が完成したとされる
16世紀 都城島津家、北郷氏の中興の祖とされる北郷忠相が、晩年に居城としたことで知られる
戦国時代末期 伊集院氏の支配下に入り、庄内の乱でも周辺が戦いの舞台となる
1615年 一国一城令により廃城となったと伝わる
1939年 井伏鱒二が宮崎県を訪れ、月山日和城を案内されて作品「月山日和城」を残す
現代 池の城の空堀部分に高城郷土資料館が建てられ、高城地区の歴史・文化を紹介する施設となる