宇土城跡熊本県宇土市

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  • 中世宇土城と近世宇土城の2つの城跡が残る
  • 小西行長が築いた近世宇土城は「小西城」とも呼ばれる
  • 関ヶ原後に加藤清正が改修し、のちに破却された城

宇土城とは、熊本県宇土市にある中世から近世にかけての城跡である。宇土には、西岡台にある中世宇土城跡と、城山にある近世宇土城跡の2つがある。中世宇土城は、菊池氏系の宇土氏や名和氏が拠点とした城で、西岡台の丘陵上に築かれた。天正16年(1588)に肥後南部の領主となった小西行長は、いったん中世宇土城に入ったのち、その東に新たな近世宇土城を築いた。近世宇土城は小西城、鶴の城とも呼ばれ、石垣・空堀・三層天守を備えた城と伝わる。関ヶ原の戦い後は加藤清正によって改修されたが、慶長17年(1612)に破却され、島原・天草一揆後にも再度破壊された。

宇土城跡の特長
目的 宇土地域の支配拠点、肥後南部の政治・軍事拠点、小西行長による城下町整備の中心
特長 中世宇土城、近世宇土城、小西行長、加藤清正、名和氏、宇土氏、小西城、鶴の城、城山公園、西岡台
他の城との違い ・西岡台の中世宇土城と、城山の近世宇土城を分けて理解する必要がある
・小西行長が築いた近世宇土城は、宇土の城下町形成と深く関わる
・関ヶ原後の加藤清正による改修、慶長17年の破却、島原・天草一揆後の再破壊により、遺構は限られる
宇土城跡の石垣・土塁
石垣 一部現存
土塁 一部現存・痕跡あり
種類 石垣、空堀、曲輪、土塁、連郭式山城、平山城
石材 自然石、割石など
特長 宇土城跡は、中世宇土城と近世宇土城で遺構の性格が異なる。西岡台の中世宇土城は、千畳敷と三城と呼ばれる2つの郭が並ぶ連郭式の城で、千畳敷では多数の柱穴が確認されている。近世宇土城は城山に築かれ、本丸・二の丸・三の丸を内堀・外堀で囲む構造だったとされる。現在、城山で見られる石垣の一部は、関ヶ原後に加藤清正が改修した時期のものと考えられている。石垣や天守の復元を見せる城ではなく、2つの宇土城の位置関係、城山公園の本丸跡、わずかに残る石垣、破却の歴史をあわせて見る城跡である。
宇土城跡DATA
別称 小西城、鶴の城、宇土城跡 城山、中世宇土城跡、宇土城跡 西岡台
所在地 熊本県宇土市
築城 中世宇土城は築城時期不明。近世宇土城は1589年頃
築城者 中世宇土城は不明。近世宇土城は小西行長
住所 近世宇土城跡は熊本県宇土市古城町周辺。中世宇土城跡は熊本県宇土市神馬町・西岡台周辺
開館時間 見学自由
休館日 なし
入館料 無料
備考 近世宇土城跡、城山は宇土市指定史跡で、本丸跡は城山公園として整備され、小西行長像が建つ。中世宇土城跡、西岡台は国指定史跡で、宇土氏・名和氏の城として知られる。近世宇土城跡では、本丸跡とわずかに残る石垣を確認できる。中世宇土城跡では、千畳敷・三城などの郭跡を通して中世城郭の姿をたどることができる。どちらも観光施設というより城跡・公園としての見学が中心となる。
宇土城跡への交通アクセス
JR「宇土」駅よりバスで約6分、徒歩約12分

HISTORY 宇土城跡について

宇土城跡の歴史
鎌倉時代末期 菊池氏系の宇土氏が、西岡台の中世宇土城を拠点としたと考えられる
1504年~1587年 名和氏が中世宇土城に在城し、宇土地域を治める
1588年 小西行長が肥後国へ入り、宇土・益城・八代・天草方面の領主となる
1588年 小西行長が、まず西岡台の中世宇土城に入る
1589年頃 小西行長が西岡台の東に新たな近世宇土城を築き始める
安土桃山時代 小西行長が近世宇土城の築城と並行して、宇土城下町の整備を進める
1600年 関ヶ原の戦いで小西行長が西軍として敗れ、処刑される
1600年 小西行長の弟・小西行景が守る宇土城が落城する
1600年以降 肥後一国を領有した加藤清正により、宇土城が大規模に改修される
1612年 加藤清正の死後、宇土城が破却される
1637年~1638年 島原・天草一揆後、廃城となっていた宇土城が再度破壊されたとされる
1979年 中世宇土城跡、西岡台が国の史跡に指定される
現在 近世宇土城跡は城山公園として整備され、中世宇土城跡は西岡台に史跡として残る

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