鞠智城熊本県山鹿市

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  • 7世紀後半に大和朝廷が築いた古代山城
  • 大宰府防衛を支える兵站基地として機能した城
  • 八角形鼓楼・米倉・兵舎・板倉が復元された国指定史跡

鞠智城とは、熊本県山鹿市菊鹿町から菊池市にまたがる古代山城跡である。7世紀後半、白村江の戦い後に大和朝廷が西日本防衛体制を整えるなかで築いた城と考えられている。大野城、基肄城、金田城などが大宰府を守る前線的な城であったのに対し、鞠智城は食糧、武器、兵士などを補給する支援基地としての役割を持った。現在は歴史公園鞠智城として整備され、八角形鼓楼、米倉、兵舎、板倉などの復元建物、貯水池跡、土塁、温故創生館などを見学できる。

鞠智城の特長
目的 大宰府防衛の支援基地、西日本防衛体制の一部、食糧・武器・兵士の補給拠点
特長 古代山城、白村江の戦い、大和朝廷、八角形鼓楼、米倉、兵舎、板倉、貯水池跡、温故創生館、続日本100名城
他の城との違い ・中世や近世の城ではなく、7世紀後半に築かれた古代山城である
・大宰府を直接守る前線城というより、食糧・武器・兵士を補給する兵站基地としての性格が強い
・国内の古代山城では類例の少ない八角形建物跡が見つかり、八角形鼓楼として復元されている
鞠智城の石垣・土塁
石垣 なし
土塁 現存・復元整備
種類 土塁、貯水池跡、礎石建物跡、掘立柱建物跡、古代山城、兵站施設
石材 該当なし。建物礎石などに石材利用あり
特長 鞠智城は、石垣や天守を見せる近世城郭ではなく、土塁や建物群、貯水池を備えた古代山城である。城内からは多数の建物跡が確認され、米倉、兵舎、板倉、八角形鼓楼などが復元されている。公式サイトでは、八角形鼓楼は国内の古代山城では似た例を見ない八角形建物跡をもとに、時を知らせたり見張りをしたりする施設として復元したものと説明されている。鞠智城の本質は、石垣の防御美ではなく、古代国家が築いた防衛・補給システムを示す土の城、建物群、兵站施設にある。
鞠智城DATA
別称 久々知城、菊池城、鞠智城跡
所在地 熊本県山鹿市・菊池市
築城 7世紀後半
築城者 大和朝廷と考えられる
住所 熊本県山鹿市菊鹿町米原443-1周辺
電話番号 0968-48-3178
開館時間 園内散策は年中可能。温故創生館は9時30分~17時15分。入館は16時45分まで
休館日 園内散策はなし。温故創生館は月曜日、祝祭日の場合は翌日、12月25日~1月4日
入館料 無料
備考 鞠智城跡は国指定史跡で、続日本100名城にも選定されている。温故創生館では、鞠智城の歴史や発掘調査成果、復元建物について学べる。復元建物として、八角形鼓楼、米倉、兵舎、板倉が整備されている。八角形鼓楼は高さ15.8メートルで、鞠智城を象徴する建物である。説明ボランティアガイドは見学予定日の2週間前までに予約が必要で、無料で案内を受けられる。
鞠智城への交通アクセス
桜町バスターミナルよりバスで約60分、タクシーで約5分

HISTORY 鞠智城について

鞠智城の歴史
663年 白村江の戦いで、倭国・百済復興軍が唐・新羅連合軍に敗れる
7世紀後半 大和朝廷が西日本防衛体制を整えるなかで、鞠智城を築いたと考えられる
7世紀後半 鞠智城が大宰府防衛を支える補給基地として、食糧・武器・兵士などの確保に関わったと考えられる
古代 城内に米倉、兵舎、板倉、八角形建物、貯水池などが整備される
平安時代 『続日本紀』などの文献に、菊池城に関する記録が見える
昭和42年 鞠智城跡の本格的な発掘調査が始まる
平成6年度 八角形鼓楼、米倉、兵舎、板倉などの復元整備が進められる
2004年 鞠智城跡が国の史跡に指定される
2017年 続日本100名城に選定される