甲府城山梨県甲府市

甲府城DATA
別称 舞鶴城
築城 1583年
住所 山梨県甲府市丸の内1-5-4

甲府城と関連する事件を読む

川中島の戦い宿命のライバル、武田信玄と上杉謙信
戦国時代の宿命のライバル、武田信玄と上杉謙信。そんな2人の武将が激突した戦いが、北信濃(長野県北部)の支配をめぐる「川中島の戦い」です。12年にわたって5回も戦いましたが、結局、決着はつきませんでした。一番有名なのは4回目の戦いですが、それ以外でも信玄と謙信は互いの智謀の限りを尽くしています。今回は全5回にわたる川中島の戦いについて、それぞれ詳しく見ていきた
長篠の戦い武田勝頼が大敗を喫した「長篠の戦い」を改めて振り返る
戦国時代の有名な戦の一つが、武田信玄の後を継いだ武田勝頼と織田信長・徳川家康連合軍が戦った「長篠の戦い」です。簡単に説明すると、三河国(愛知県)の長篠城と設楽原で、織田・徳川軍が武田軍を破った戦いで、日本で初めて鉄砲隊を戦術に組み込んだ戦だと言われています。武田騎馬隊を「馬防柵」で封じ、兵士を3人1組に分けて射撃を続けておこなう「3段撃ち」で滅ぼした、という
大久保長安事件江戸初期の横領事件?それとも政変?「大久保長安事件」とは
いつの時代も政治の派閥争いはつきもの。とはいえ、現在は負けても命を落とすことはありませんよね。しかし、江戸時代は政権争いに負けた結果一族が滅ぼされてしまった例もあります。その一つが慶長18年(1613年)に起きた、大久保長安事件です。金銀山開発を担当していた大久保長安(おおくぼながやす)の死後、彼に不正蓄財や幕府転覆疑惑がかけられ一族は死罪、長安を庇護してい

甲府城と関連する人物記を読む

武田信玄風林火山の旗を掲げた甲斐の虎
戦国時代を通じて、日本を統一し江戸幕府を開いたのは徳川家康でした。その家康が戦って敗北し、また尊敬した人物が甲斐(現在の山梨県)の武田晴信(後年出家して武田信玄と名乗りました)です。また家康と並び戦国三英傑の一人に挙げられる織田信長も、晴信とは極力対立しないように苦心していました。そんな戦国を代表する英雄たちが恐れた武田信玄を、今回はご紹介したいと思います。
武田勝頼偉大な父の後で苦労した優秀な武将
武田 勝頼(たけだ かつより)は、戦国時代から安土桃山時代に甲斐・信濃国を本拠とした戦国大名です。父は武田信玄、その四男として生まれました。武田家を継いだ後、偉大な父の残した家臣たちの統制に苦労しました。周囲には、尾張の織田信長や三河の徳川家康といった有力大名とも敵対、長篠の戦いで敗北しました。そのような悲運の武将であった武田勝頼を今回はご紹介したいと思いま

甲府城への交通アクセス

JR中央線「甲府」駅南口から徒歩約5分

甲府城を藩庁とする、甲府藩の歴史

武田信玄が治めた関東の要地。江戸時代には藩が置かれた期間もあり、将軍の子息や兄弟といった将軍家の家門が藩主の座に就いた。家門以外では柳沢吉保も藩主に就き、城下の整備や利水事業などを推進した。

甲府藩DATA
藩庁 甲府城
旧地域 甲斐国
石高 22万5000石
譜代・外様 家門
主な藩主 浅野家・徳川家・柳沢家