毛利家の家紋「一文字に三ツ星」
佐伯城とは、大分県佐伯市大手町にある江戸時代初期の城跡である。慶長6年(1601)、初代佐伯藩主となった毛利高政が、翌年から藩政の拠点として築城を始めた。番匠川河口に位置し、豊後水道を見下ろす標高144mの城山、築城時の八幡山に築かれた山城である。山頂部には本丸、本丸外曲輪、二の丸、西出丸、北出丸を置き、南東の山裾には三の丸を設けた。三の丸は藩の政治や藩主の日常生活の場となり、山上の城郭と山麓の屋形を組み合わせた構造が特徴である。現在は天守などの建物は残っていないが、山頂部の石垣や三の丸櫓門が残り、令和5年(2023)に国の史跡に指定された。
| 目的 | 佐伯藩の政庁、豊後水道・番匠川河口部の監視、城下町形成の中心、山上防御拠点 |
|---|---|
| 特長 | 毛利高政、佐伯藩、番匠川、豊後水道、城山、八幡山、山城、石垣、本丸、二の丸、西出丸、北出丸、三の丸櫓門、雄池、雌池、続日本100名城 |
| 他の城との違い | ・山頂の城郭と山麓の三の丸を組み合わせた、近世初頭の山城である ・山上には本丸・二の丸・西出丸・北出丸などの石垣群が残る ・山の背後に雄池・雌池を設けるなど、城山全体を維持するための工夫が残る ・現存する三の丸櫓門は、佐伯城で唯一残る城郭建築である |
| 石垣 | 現存 |
|---|---|
| 土塁 | 一部痕跡あり |
| 種類 | 野面積、打込接、算木積、石垣、虎口、山城、連郭式山城、階段状石垣 |
| 石材 | 現地周辺の石材。山頂部の石垣には自然石を主体とした石材が用いられている |
| 特長 | 佐伯城の石垣は、山頂部の本丸、本丸外曲輪、二の丸、西出丸、北出丸などに残る。山上に曲輪を連ね、それぞれを石垣で固めた構造が特徴で、二の丸虎口では通路を屈曲させ、敵の侵入を防ぐ工夫が見られる。城山には、斜面崩落への対応として築かれた階段状の石垣も残り、単に防御のためだけでなく、山全体を維持するための石垣技術も確認できる。佐伯城では、天守の有無よりも、山上の曲輪配置、虎口、石垣、雄池・雌池などを含めた城山全体の構造を見るのが自然である。 |
| 別称 | 鶴屋城、鶴ヶ城、八幡山城、御山城 |
|---|---|
| 所在地 | 大分県佐伯市 |
| 築城 | 1602年に築城開始。1606年に完成 |
| 築城者 | 毛利高政 |
| 住所 | 大分県佐伯市大手町1-1-1 |
| 電話番号 | 0972-22-0700(佐伯市歴史資料館) |
| 開館時間 | 城跡は見学自由。続日本100名城スタンプ設置場所の佐伯市歴史資料館は9時~17時、入館は16時30分まで |
| 休館日 | 城跡は見学自由。佐伯市歴史資料館は月曜日、月曜日が休日の場合は翌日、年末年始12月29日~1月3日 |
| 入館料 | 城跡は無料。佐伯市歴史資料館の入館料は別途確認が必要 |
| 備考 | 佐伯城は続日本100名城の194番に選定されている。スタンプは佐伯市歴史資料館受付前に設置され、資料館休館日の場合は佐伯市城下町観光交流館に設置される。佐伯城の現存建築は三の丸櫓門で、山頂部には天守や櫓などの建物は残っていない。令和5年(2023)3月20日に国指定史跡となった。 |
| 1601年 | 毛利高政が初代佐伯藩主となる |
|---|---|
| 1602年 | 毛利高政が八幡山、現在の城山で佐伯城の築城を始める |
| 1606年 | 佐伯城が完成する |
| 江戸時代初期 | 山頂部に本丸、本丸外曲輪、二の丸、西出丸、北出丸が置かれ、山麓には三の丸が設けられる |
| 1617年 | 元和3年の火災により、二の丸御殿が失われる |
| 1637年 | 三代藩主毛利高尚が山麓に三の丸を開き、藩政の中心を置く。三の丸櫓門が建てられる |
| 1726年 | 三の丸櫓門が建て替えられる |
| 1734年 | 享保19年の斜面崩落後、復旧のために階段状の石垣が築かれる |
| 1832年 | 天保3年に三の丸櫓門が再度建て替えられたと考えられている |
| 1871年 | 廃藩置県により佐伯藩が廃止され、佐伯城は城としての役割を終える |
| 明治時代 | 城郭建物の多くが失われるが、三の丸櫓門や山頂部の石垣が残る |
| 2017年 | 日本城郭協会により、佐伯城が続日本100名城のひとつに選定される |
| 2023年 | 3月20日、佐伯城跡が国の史跡に指定される |
毛利家の家紋「一文字に三ツ星」
| 藩庁 | 佐伯城 |
|---|---|
| 旧地域 | 豊後国海部郡 |
| 石高 | 2万石 |
| 譜代・外様 | 外様 |
| 主な藩主 | 毛利家 |
大分県佐伯市にある佐伯城は、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦い後、豊後国に入封した毛利高政によって築城された山城です。平山城が主流になった時代に建てられた総石垣の山城は、江戸時代初期に増築した山麓の三の丸に居所を移したとはいえ、明治時代に至るまで佐伯藩の居城として存在し続けました。続日本100名城に選ばれており、令和5年(2023年)3月には国の史跡に指定されました。