新宮城跡和歌山県新宮市

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新宮城跡DATA
別称 丹鶴城・沖見城
築城 1618年
住所 和歌山県新宮市丹鶴3
新宮城跡への交通アクセス
JR紀勢本線「新宮」駅から徒歩約15分。

新宮城跡を藩庁とする、紀伊新宮藩の歴史

水野沢瀉

水野家の家紋「水野沢瀉」

紀伊新宮藩DATA
藩庁 新宮城跡
旧地域 紀伊国
石高 3万5000石
譜代・外様 外様・譜代
主な藩主 浅野家、水野家

新宮城 美しい石垣が残る水運の要衝

和歌山県新宮市にあった新宮城(しんぐうじょう)は、独立丘陵の丹鶴山に築かれた平山城で、「丹鶴城」の別名を持っています。現在は本丸跡周辺が丹鶴城公園として整備されており、平成29年(2017年)には続日本100名城に選ばれました。

新宮城
新宮城の歴史
和歌山県といえば熊野三山ですが、新宮城にはもともと熊野別当の屋敷がありました。そこには源為義と熊野別当の娘が暮らしていましたが、第19代別当行範に嫁ぎ、熊野水軍が源氏に見方をするのに助力したとされています。この娘が丹鶴姫と呼ばれていたことから、新宮城は「丹鶴城」と呼ばれるようになったのです。
同地は戦国時代には堀内氏が治めており、堀内新宮城(現全龍寺、和歌山県新宮市千穂)に拠点を設けていました。その後、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで西方についた堀内氏は桑山一晴に攻められて降伏。徳川家康は紀州藩主に浅野幸長を据え、その重臣にあたる浅野忠吉が新宮に入り、丹鶴山に築城を開始しました。
城は慶長7年(1602年)に完成しますが、元和元年(1615年)の一国一城令で廃城となってしまいます。その後元和4年(1618年)に再築が許可され、浅野忠吉が再建に着手しました。
ところが城が完成しないまま、浅野氏が備後三原の三原城(広島県三原市)へ転封になります。次の紀州藩主として家康の10男・徳川頼宣が入ると、新宮には付家老の水野重仲が配置されました。重仲は築城工事を継続し、城は寛永10年(1633年)、2代目城主・水野重良の時に完成しました。また、3代目の水野重上の時代には石塁などが増築されています。
以降は水野氏が代々城主を務め、明治維新後も新宮藩の藩庁として存続しました。明治4年11月(1872年1月)に和歌山県と合併し、その後の廃城令により多くの建物が取り壊されました。
跡地は天理教の教会や保育園、旅館などが建築されています(旅館は後に廃業)。その後、新宮市が本丸や二の丸の一部、三の丸などの主要部分を買い上げ、昭和55年(1980年)に丹鶴城公園として整備しました。現在は石垣や天守台などの遺構が残っています。平成15年(2003年)には「新宮城跡附水野家墓所」として国の史跡に指定されました。
新宮城の見どころ①さまざまな石垣
新宮城に当時の建物は残っていませんが、さまざまな時代の石垣がしっかりと残されています。本丸の西側に位置する天守台周辺は、明治以降に通路などが作られてために一部が崩れているものの、美しい算木積みと切込接ぎの布積みが残されています。本丸の反った扇の勾配や、南側にある「屏風折」の石垣もポイントです。
松の丸(二の丸)と鐘の丸(三の丸)の間には枡形虎口と鏡石が残っています。鐘の丸の切込接ぎの布積みも見ごたえがありますよ。また、現在は保育園となっているため中には入れませんが、二の丸の南曲輪にある算木積みの石垣も美しいと評判です。
このほか、本丸をはじめ城の69か所で、〇に点などの刻印が刻まれた石が見つかっているので、探しながら歩くのもおすすめです。
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新宮城の見どころ②水ノ手曲輪
城の北側にある水ノ手曲輪は熊野川に隣接しており、水運のための施設として城の防衛と物流の両面で重要な役割を果たしました。現在は港の跡に加え、20棟の炭納屋と推定される建物の跡が発見されています。
江戸時代、熊野の木材や木炭は名産品として江戸まで運ばれており、藩の財政源となっていました。熊野川流域には木炭を蓄える炭納屋が設けられていましたが、城内にもあったようで、貴重な事例として注目されています。
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新宮城の見どころ③日本一短いケーブルカーの跡
新宮城の鐘の丸跡には以前旅館「二の丸」がありましたが、その旅館が活用していたのがわずか72mという日本一短いケーブルカーです。昭和55年(1980年)に休止され、その後廃線となっていますが、軌道跡が城内に残されています。ちなみに城の真下にはJR紀伊本線のトンネルが通っており、近世の城郭の下を通り抜ける鉄道トンネルは日本でもここだけなのだそう。鉄道ファンにはたまらないスポットです。
新宮城のフォトスポット
石垣の写真は本丸の枡形虎口や西の丸の石垣などをはじめ、さまざまな映えスポットがあるのでお気に入りを見つけてみては。また、丹鶴城公園は春には約230本の桜が咲き誇る名所としても知られています。春の桜と石垣のコラボレーションも美しいですよ。
加えて本丸は熊野灘や熊野川、紀伊山地の山並みを一望できる絶景スポットなので、ぜひ写真におさめたいところ。ちなみに城は海上を監視する役割を果たしていたと推察されており、眺望の良さから城は「沖見城」とも呼ばれていたそうです。
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栗本 奈央子
執筆者 栗本 奈央子(ライター) 元旅行業界誌の記者です。子供のころから日本史・世界史問わず歴史が大好き。普段から寺社仏閣、特に神社巡りを楽しんでおり、歴史上の人物をテーマにした「聖地巡礼」をよくしています。好きな武将は石田三成、好きなお城は熊本城、好きなお城跡は萩城。合戦城跡や城跡の石垣を見ると心がときめきます。