平城宮とは、奈良県奈良市にある奈良時代の宮殿跡である。和銅3年(710)に藤原京から平城京へ遷都された際、都の中央北端に造営された。平城宮跡は東西約1.3km、南北約1km、面積約130haにおよぶ広大な遺跡で、内部には天皇の即位や外国使節との謁見など国家的儀式を行う大極殿・朝堂院、天皇の住まいである内裏、行政実務を担う官司、庭園、門、道路などが置かれていた。奈良時代の平城宮は、律令国家の政治・儀礼・行政の中枢であり、古代日本が唐の都城制を取り入れながら、独自の国家運営を形づくった場所である。現在の平城宮跡では、発掘調査の成果をもとに第一次大極殿、朱雀門、大極門、東院庭園などが復原され、第二次大極殿基壇や遺構展示館では、地下に残る遺構のあり方を学ぶことができる。昭和27年(1952)に特別史跡に指定され、平成10年(1998)には「古都奈良の文化財」の構成資産として世界文化遺産に登録された。現在は国営平城宮跡歴史公園として整備され、古代都城の広がりを歩いて体感できる史跡となっている。
| 目的 | 律令国家の政治運営、国家儀式、天皇の即位儀礼、外国使節との謁見、朝賀、行政実務、官人の勤務、宮廷生活、都城制の実践、古代国家の権威表現、世界文化遺産としての遺跡保存と公開活用 |
|---|---|
| 特長 | 平城宮、平城宮跡、平城京、奈良時代、律令国家、元明天皇、聖武天皇、孝謙天皇、桓武天皇、大極殿、第一次大極殿、第二次大極殿、朝堂院、内裏、朱雀門、朱雀大路、二条大路、大極門、東楼、東院庭園、推定宮内省、遺構展示館、平城宮跡資料館、平城宮いざない館、木簡、瓦、特別史跡、世界文化遺産、国営平城宮跡歴史公園 |
| 他の史跡との違い | ・寺社や古墳ではなく、奈良時代の国家運営そのものを示す宮殿・官衙遺跡である ・東西約1.3km、南北約1km、面積約130haという広大な範囲に、政治・儀礼・行政・宮廷生活の施設が配置されていた ・発掘調査の成果をもとに、第一次大極殿、朱雀門、大極門、東院庭園などが復原され、古代宮都の空間を体感できる ・遺構展示館では、復原建物だけでなく、発掘された遺構そのものを見学できる ・東大寺、興福寺、春日大社、元興寺などの寺社とあわせて巡ると、奈良時代の都と宗教・政治の関係を理解しやすい |
| 別称 | 平城宮跡、奈良宮跡、平城宮跡歴史公園、平城京の宮城 |
|---|---|
| 正式名称 | 平城宮跡 |
| 所在地 | 奈良県奈良市 |
| 成立 | 和銅3年(710)。藤原京から平城京へ遷都された際、平城京の中央北端に宮殿として造営された |
| 時代 | 奈良時代。平城京は和銅3年(710)から延暦3年(784)まで都として機能した |
| 性格 | 古代律令国家の宮殿・官衙遺跡。天皇の居所、国家儀式の場、中央行政機関の集合地であった |
| 規模 | 東西約1.3km、南北約1km、面積約130ha |
| 主な区域 | 第一次大極殿院、第二次大極殿院、朝堂院、内裏、東院、官司地区、朱雀門周辺、朱雀大路、二条大路 |
| 主な復原建物 | 第一次大極殿、朱雀門、大極門、東楼、東院庭園、推定宮内省 |
| 主な展示施設 | 平城宮いざない館、平城宮跡資料館、遺構展示館、第一次大極殿院復原事業情報館 |
| 主な見どころ | 第一次大極殿、朱雀門、朱雀門ひろば、朱雀大路、二条大路、大極門、東楼、第二次大極殿基壇、東院庭園、遺構展示館、平城宮跡資料館、平城宮いざない館 |
| 文化財指定 | 大正11年(1922)に史跡、昭和27年(1952)に特別史跡に指定。平成10年(1998)に「古都奈良の文化財」の構成資産として世界文化遺産に登録 |
| 世界遺産登録名 | 古都奈良の文化財 |
| 世界遺産登録年 | 平成10年(1998) |
| 住所 | 奈良県奈良市佐紀町、二条大路南周辺 |
| 問い合わせ | 平城宮跡管理センター 0742-36-8780 |
| 見学時間 | 公園内の屋外散策は自由。復原建物・展示施設は施設ごとに開館時間が異なる |
| 主な施設時間 | 第一次大極殿は9時~16時30分、入場は16時まで。朱雀門、東院庭園、遺構展示館、平城宮跡資料館は9時~16時30分、入場は16時まで。平城宮いざない館は9時~17時、入館は16時30分まで。大極門・東楼、第一次大極殿院復原事業情報館は9時~17時、入場は16時30分まで |
| 休館日 | 復原建物・展示施設は月曜日、祝日の場合は翌平日、年末年始が基本。平城宮いざない館、大極門・東楼、復原事業情報館は2月・4月・7月・11月の第2月曜日、祝日の場合は翌日、12月29日~1月1日が休館 |
| 見学料 | 屋外散策、復原建物、展示施設はいずれも無料 |
| アクセス | 近鉄奈良線「大和西大寺駅」から徒歩約20分。近鉄奈良線「新大宮駅」から徒歩圏内。JR奈良駅・近鉄奈良駅・大和西大寺駅から路線バスでアクセス可能 |
| 備考 | 平城宮跡は、寺院や神社のように一つの建物を見る史跡ではなく、広大な宮殿遺跡を歩きながら理解する場所である。第一次大極殿は奈良時代前半の中心的儀式空間を復原した建物で、天皇の即位や朝賀などの国家儀式の場を体感できる。朱雀門は平城宮の正門で、南へ延びる朱雀大路は平城京のメインストリートであった。第二次大極殿跡では、奈良時代後半の宮殿配置の変化を確認できる。東院庭園は宮廷の宴会や儀式に使われた庭園を復原したもので、古代庭園を理解する上で重要である。平城宮いざない館、平城宮跡資料館、遺構展示館を組み合わせると、発掘調査、木簡、瓦、復原建物、宮廷儀式まで立体的に理解できる。 |
| 694年 | 持統天皇の時代、藤原京へ遷都される。藤原京は日本で最初の本格的な条坊制都城とされる |
|---|---|
| 707年 | 文武天皇が崩御し、元明天皇が即位する |
| 708年 | 和銅元年、平城の地への遷都が決定される |
| 710年 | 和銅3年、藤原京から平城京へ遷都される。平城宮は平城京の中央北端に造営され、律令国家の政治・儀礼・行政の中心となる |
| 710年以後 | 平城宮には大極殿、朝堂院、内裏、官司、門、道路などが整えられ、奈良時代の国家運営の中枢となる |
| 奈良時代前半 | 第一次大極殿院が中心的儀式空間として機能し、天皇の即位、朝賀、外国使節との謁見などが行われた |
| 716年 | 霊亀2年、平城宮の東側に東院が設けられたとされる |
| 724年 | 神亀元年、聖武天皇が即位する |
| 729年 | 長屋王の変が起こり、平城宮周辺の政治環境が大きく動く |
| 740年 | 天平12年、藤原広嗣の乱を契機に、聖武天皇が平城京を離れる |
| 740年~745年 | 聖武天皇の時代、恭仁京、難波京、紫香楽宮へ都が移され、宮都が転々とする |
| 745年 | 天平17年、都が再び平城京へ戻る |
| 奈良時代後半 | 平城宮の中心施設は第二次大極殿院へ移り、奈良時代前半とは異なる宮殿配置が用いられる |
| 749年 | 天平勝宝元年、孝謙天皇が即位する |
| 752年 | 天平勝宝4年、東大寺大仏開眼供養会が行われる。平城宮は、国家仏教政策と結びつく政治の中枢であった |
| 758年 | 天平宝字2年、淳仁天皇が即位する |
| 764年 | 天平宝字8年、藤原仲麻呂の乱が起こる。称徳天皇が重祚し、平城宮の政治は大きく転換する |
| 称徳天皇期 | 東院庭園など、平城宮内の東側施設が宮廷儀式や宴会の場として用いられる |
| 770年 | 宝亀元年、称徳天皇が崩御し、光仁天皇が即位する |
| 781年 | 天応元年、桓武天皇が即位する |
| 784年 | 延暦3年、桓武天皇により長岡京へ遷都される。平城宮は都の宮殿としての役割を終える |
| 平安時代 | 平城宮の建物は移築・解体され、宮跡は次第に田畑や集落へと変わっていく |
| 中世 | 平城宮跡の地表には古代の宮殿がほとんど見えなくなり、地下に遺構が保存されていく |
| 江戸時代 | 古代の都・平城京への関心が高まり、地誌や古典研究の中で平城宮の位置が考証されるようになる |
| 明治時代 | 奈良の古社寺・古代史研究が進む中で、平城宮跡の保存と顕彰の機運が高まる |
| 1900年頃 | 地元有志らによる平城宮跡保存運動が始まり、宮跡の保存が大きな課題となる |
| 1922年 | 大正11年、平城宮跡の一部が国の史跡に指定される |
| 1952年 | 昭和27年、平城宮跡が国の特別史跡に指定される |
| 1955年 | 昭和30年、奈良国立文化財研究所が発足し、平城宮跡の本格的な発掘調査が進められていく |
| 1959年 | 昭和34年、平城宮跡の発掘調査が本格化し、大極殿・朝堂院・官司などの遺構解明が進む |
| 1960年代 | 発掘調査により、木簡、瓦、土器、井戸、道路、建物跡などが多数確認され、奈良時代の行政と宮廷生活の実態が明らかになっていく |
| 1970年 | 昭和45年頃、平城宮跡資料館が開館し、発掘成果を一般に紹介する拠点となる |
| 1980年代 | 遺構展示館、東院庭園などの整備が進み、発掘遺構と復原施設を通じた公開活用が広がる |
| 1998年 | 平成10年、平城宮跡が「古都奈良の文化財」の構成資産としてユネスコ世界文化遺産に登録される |
| 1998年 | 朱雀門が復原され、平城宮の正門として往時の宮城景観を伝える施設となる |
| 2010年 | 平成22年、平城遷都1300年を記念して第一次大極殿が復原される |
| 2018年 | 平成30年、国営平城宮跡歴史公園の朱雀門ひろばが開園し、平城宮いざない館などが整備される |
| 2022年 | 令和4年、第一次大極殿院の大極門が復原公開される |
| 2025年 | 令和7年、第一次大極殿院東楼が完成・公開され、第一次大極殿院の復原整備がさらに進む |
| 現代 | 平城宮跡では、発掘調査、遺構保存、復原整備、展示公開が継続され、古代都城研究と観光・学習の拠点となっている |
| 現在 | 平城宮跡は、奈良時代の都の中枢を伝える特別史跡、古都奈良の世界文化遺産、国営平城宮跡歴史公園として、多くの来訪者を迎えている |