中宮寺奈良県生駒郡

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  • 聖徳太子が母・穴穂部間人皇后のために建立したと伝わる斑鳩の尼寺
  • 法隆寺東院伽藍の東隣にあり、国宝菩薩半跏像で知られる寺院
  • 飛鳥時代の天寿国繍帳、門跡尼寺としての歴史を伝える聖徳太子ゆかりの古刹

中宮寺とは、奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺北にある聖徳宗の尼寺である。聖徳太子が母・穴穂部間人皇后の宮殿を寺に改めたと伝わり、太子ゆかりの寺院として知られる。創建時の中宮寺は、現在地から東へ約500mの場所にあったとされ、その跡は国史跡「中宮寺跡」として残る。発掘調査により、創建時の伽藍は南に塔、北に金堂を置く四天王寺式伽藍配置であったことが確認されている。中世には火災や衰退を経て、現在の法隆寺東院伽藍、夢殿の東隣へ移った。以後、皇族女性が入寺する尼門跡寺院として法灯を守り、「斑鳩御所」とも称された。中宮寺を代表する寺宝が、本尊の国宝・菩薩半跏像である。半跏思惟の姿で右手を頬に添え、静かな微笑をたたえる像は、飛鳥時代彫刻の最高傑作の一つとされる。また、聖徳太子の死後、妃の橘大郎女が太子の往生した天寿国のありさまを刺繍で表したと伝わる国宝・天寿国繍帳も伝わる。現在、本堂では菩薩半跏像と天寿国繍帳の複製を拝観でき、斑鳩の仏教文化と聖徳太子信仰を静かに感じられる寺院である。

中宮寺の特長
目的 聖徳太子と穴穂部間人皇后ゆかりの信仰継承、菩薩半跏像への礼拝、如意輪観音信仰、聖徳太子供養、天寿国信仰、尼門跡寺院としての法灯継承、飛鳥仏教美術の保存、斑鳩文化の継承
特長 中宮寺、聖徳宗、尼寺、尼門跡、斑鳩御所、聖徳太子、穴穂部間人皇后、橘大郎女、法隆寺東院、夢殿、菩薩半跏像、伝如意輪観音、半跏思惟像、アルカイックスマイル、天寿国繍帳、天寿国曼荼羅繍帳、中宮寺跡、四天王寺式伽藍配置、飛鳥時代、斑鳩の里
他の寺院との違い ・聖徳太子が母・穴穂部間人皇后のために建立したと伝わる、太子一族ゆかりの尼寺である
・創建地は現在地の東方にあり、発掘調査により四天王寺式伽藍配置の寺院跡であったことが確認されている
・本尊の菩薩半跏像は、飛鳥時代の半跏思惟像を代表する国宝で、静かな微笑に大きな魅力がある
・天寿国繍帳は、聖徳太子の死後に制作されたと伝わる日本最古級の刺繍遺品で、飛鳥時代の信仰と美術を伝える
・中世以降は皇族女性が住職を務める尼門跡寺院として、斑鳩の地で法灯を守り続けてきた
中宮寺への交通アクセス
JR大和路線「法隆寺」駅から徒歩約21分。

HISTORY 中宮寺について

中宮寺の歴史
飛鳥時代 聖徳太子の母・穴穂部間人皇后の宮殿が、のちに中宮寺となったと伝わる
7世紀前半 聖徳太子が母・穴穂部間人皇后のために寺を建立したと伝わる
創建期 中宮寺は現在地より東へ約500mの場所に創建されたとされる
創建期 旧地の発掘調査により、南に塔、北に金堂を置く四天王寺式伽藍配置であったことが確認されている
622年 推古天皇30年、聖徳太子が薨去する
622年以後 聖徳太子の妃・橘大郎女が、太子の往生した天寿国の様子を表すため、天寿国繍帳を作らせたと伝わる
飛鳥時代 現在の本尊である菩薩半跏像が造立されたと考えられている
奈良時代 中宮寺は斑鳩の地で、法隆寺や太子信仰と深く関わる寺院として存続する
平安時代 寺勢の変化を受けながらも、聖徳太子ゆかりの尼寺として信仰を保つ
鎌倉時代 信如比丘尼が中興に尽力し、法隆寺宝蔵にあった天寿国繍帳を取り戻したと伝わる
中世 中宮寺は火災や衰退に見舞われ、創建地の堂宇は失われていく
室町時代 寺は現在の法隆寺東院伽藍、夢殿の東隣へ移ったとされる
16世紀末頃 皇族女性が住職として入寺するようになり、中宮寺は尼門跡寺院として寺観を整えていく
近世 宮家の皇女や門跡尼が代々住職を務め、斑鳩御所とも称される尼寺として法灯が守られる
江戸時代 菩薩半跏像や天寿国繍帳をはじめとする寺宝が守られ、聖徳太子ゆかりの寺として信仰を集める
明治時代 近代の文化財保護制度の中で、中宮寺の仏像や寺宝の価値が改めて評価される
1897年 明治30年、菩薩半跏像が旧国宝、現在の重要文化財に相当する指定を受ける
1951年 昭和26年、木造菩薩半跏像が国宝に指定される
1952年 昭和27年、天寿国繍帳残闕が国宝に指定される
1963年 昭和38年、中宮寺跡の発掘調査により、創建時の伽藍配置が明らかになる
1968年 昭和43年、高松宮妃殿下の発願により、現在の本堂が落慶する
1990年 平成2年、中宮寺跡が国の史跡に指定される
現代 本堂では国宝菩薩半跏像を安置し、天寿国繍帳は実物を奈良国立博物館に寄託、寺内では複製を公開している
現在 中宮寺は、聖徳太子と穴穂部間人皇后ゆかりの尼寺、国宝菩薩半跏像と天寿国繍帳を伝える斑鳩の古刹として、多くの参拝者を迎えている