村上城新潟県村上市

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  • 臥牛山に築かれた北越後の山城
  • 戦国期の山城遺構と江戸期の石垣が混在する城
  • 山頂の石垣群から村上の城下町と日本海を望める

村上城とは、新潟県村上市にある中世から近世にかけての城跡である。標高135mの臥牛山に築かれ、戦国時代には本庄氏の本拠として上杉氏との攻防の舞台となった。江戸時代に入ると、村上氏、堀氏、松平氏らによって城の改造と城下町の整備が進められ、北越後の中心拠点となった。現在は天守櫓や門などの建物は残らないが、山上には石垣、天守台、曲輪が残り、戦国期の竪堀・虎口と江戸期の石垣が混在する貴重な城跡として国指定史跡になっている。

村上城の特長
目的 本庄氏の本拠、北越後支配の拠点、村上藩の政庁
特長 臥牛山の山城、石垣、天守台、竪堀、虎口、曲輪、村上城下町を望む眺望
他の城との違い ・戦国時代の山城遺構と江戸時代の石垣が同じ城内に残る
・山上に本丸・二の丸・三の丸の石垣や天守台が残る
・天守や門は現存しないが、石垣群と山城地形から城の規模を体感できる
村上城の石垣・土塁
石垣 現存・修復整備
土塁 一部あり
種類 石垣、土塁、竪堀、虎口、曲輪、山城、天守台
石材 不明
特長 村上城は、臥牛山の自然地形を活かした戦国期の山城を基礎に、江戸時代に石垣を備えた近世城郭へ改修された城である。城跡には、戦国時代に築かれた竪堀や虎口などの遺構と、江戸時代に築かれた石垣が混在して残る。山頂部には本丸・二の丸・三の丸の石垣や天守台が残り、中世山城と近世城郭が重なった村上城ならではの姿を確認できる。
村上城DATA
別称 舞鶴城、本庄城
所在地 新潟県村上市
築城 16世紀前半以前
築城者 本庄氏と考えられる
住所 新潟県村上市二之町周辺
電話番号 0254-52-1347
開館時間 村上城跡は見学自由。おしゃぎり会館は9時~16時30分
休館日 村上城跡はなし。おしゃぎり会館は12月29日~1月4日
入館料 村上城跡は無料。おしゃぎり会館は一般300円、小中高校生150円
備考 村上城跡は国指定史跡で、続日本100名城にも選定されている。山麓から山頂までは徒歩約20分。山上では石垣、天守台、曲輪、竪堀、虎口などを見学できる。山麓には村上市郷土資料館「おしゃぎり会館」や若林家住宅など、城下町村上の歴史を伝える施設がある。
村上城への交通アクセス
JR羽越本線「村上」駅から徒歩約30分。

HISTORY 村上城について

村上城の歴史
16世紀前半以前 臥牛山に村上城の前身となる城が築かれていたと考えられる
戦国時代 本庄氏の本拠として、北越後支配の拠点となる
1568年 本庄繁長が上杉謙信に反抗し、村上城で籠城戦を行う
江戸時代初期 村上氏・堀氏らにより、城の改造と城下町の整備が進められる
江戸時代 松平氏などが城主となり、村上藩の政庁として機能する
1720年 内藤氏が村上城主となり、以後、内藤氏が代々城主を務める
明治時代 廃城により天守櫓や門などの城郭建造物が失われる
1993年 村上城跡が国の史跡に指定される
1999年度 臥牛山上の石垣修復工事と発掘調査が始まる
2017年 続日本100名城に選定される

村上城を藩庁とする、村上藩の歴史

内藤藤

内藤家の家紋「内藤藤」

村上藩DATA
藩庁 村上城
旧地域 越後国
石高 5万石
譜代・外様 譜代
主な藩主 堀氏、内藤氏

村上城、上杉氏が攻めた石垣が残る新潟の名城

新潟県村上市の村上城は、戦国時代から近世初期にかけて越後北部支配の拠点となった城です。臥牛山(がぎゅうざん)を利用した山城で、中世には本庄氏、近世には村上藩の居城として整備されました。現在は石垣や土塁などの遺構が残っています。平成29年(2017年)には続日本100名城に選ばれました。

村上城
村上城の歴史
村上城の築城年代は不明ですが、16世紀前期には城が存在していたものと考えられます。戦国時代には、関東から入った秩父氏を祖とする本庄氏の本拠地になりました。なかでも本庄繁長の時に最盛期を迎えます。繁長は上杉氏の家臣でしたが、永禄11年(1568年)に反旗を翻し、上杉謙信と篭城戦を繰り広げました。虎口や竪堀、腰曲輪などはこの時上杉氏を迎え撃つために整備されたと推察されています。翌年、伊達輝宗や蘆名盛氏の仲介で和議が成立し、繁長は上杉氏に降っています。
天正18年(1590年)、繁長は豊臣秀吉から庄内出兵をとがめられた、または一揆を扇動したとの嫌疑により改易となります。村上城は直江兼続の弟である大国実頼の預かりとなり、城代が置かれました。
慶長3年(1598年)に上杉氏が会津に入封されると村上頼勝が9万石で入り、城の改修に着手します。元和4年(1618年)に頼勝が家中の騒動が原因で改易されると、堀直竒が越後長岡から10万石で入ります。直竒により村上城は堀と土塁をめぐらせた総構えの近世城郭として整備され、城下町の町割りも整えられました。このころ3重の天守も建てられています。
その後、本多氏を経て慶安2年(1649年)に播磨姫路から松平直矩が15万石で入城します。直矩の時代に村上城は大規模に改修され、唐破風を備えた華やかな天守や櫓などが新築されました。しかし、寛文7年(1667年)の落雷で天守は失われてしまい、以後再建されませんでした。以降城主は次々と変わり、享保5年(1720年)に内藤弌信が河内大蓮から約5万石で入城。以後、幕末まで約150年間を内藤氏が治めることとなります。
幕末には村上藩は奥羽越列藩同盟に加盟して新政府軍と戦いますが、抗戦派が城から出て国境で戦ったため、城は戦火を免れました。
明治維新後、城は破却され、明治8年(1875年)までに解体・売却されました。現在は石垣や天守台、門の礎石、井戸などが残されています。平成5年(1993年)には国の史跡となりました。平成12年(2000年)からは、石垣を積み直す修理工事等が実施されています。
村上城へのアクセス
JR村上駅から徒歩約25分、山麓から山頂の天守台跡まで約20分。山道を移動するため、歩きやすい靴と服装で訪れましょう。時期により倒木などで通れない場所があるので要注意です。また、熊が出没する可能性もあるので熊鈴を持参するなど熊対策をしておきましょう。
村上城の見どころ①出櫓と本丸高石垣
村上城の見どころといえば石垣。特に本丸の高石垣は見事で、二の丸から見上げると美しいですよ。本丸の手前には、一斉射撃などで敵を防ぐための出櫓があったとされており、今も残る出櫓台は防備の高さを物語っています。
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村上城の見どころ②本丸からの景色
本丸には天守台跡が残っており、城下や日本海が一望できる絶景が広がります。晴れた日は朝日連峰の山々や佐渡島まで眺めることができますよ。
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村上城の見どころ③中世の色が残る竪堀
村上城は東側を中心に中世由来と思われる遺構が多く残っているのが特徴です。山には中世の竪堀が8本残っていますが、このうち最も大きいものは西側三の丸端と東側本丸下のもので、深さ8m、長さ100m超の巨大なものです。竪堀付近には中世の虎口枡形も残されています。「中世遺構散策コース」を歩いて見学しましょう。ただし、足元が悪いので要注意です。
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村上城の見どころ④おしゃぎり会館(村上市郷土資料館)
おしゃぎり会館(村上市郷土資料館)には村上大祭で曳き回される、山車「おしゃぎり」に加え、村上城歴代城主の史料や刀剣、甲冑等を展示した常設展示や、地形模型等が展示されています。特に模型は村上城の全体像をつかむのにぴったりなので、城跡を散策する前に訪れておきましょう。
村上城のフォトスポット
本丸から見る日本海と村上市街の景色が人気。本丸の高石垣は二の丸から見上げて撮影しましょう。
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栗本 奈央子
執筆者 栗本 奈央子(ライター) 元旅行業界誌の記者です。子供のころから日本史・世界史問わず歴史が大好き。普段から寺社仏閣、特に神社巡りを楽しんでおり、歴史上の人物をテーマにした「聖地巡礼」をよくしています。好きな武将は石田三成、好きなお城は熊本城、好きなお城跡は萩城。合戦城跡や城跡の石垣を見ると心がときめきます。