春日山城新潟県上越市

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  • 上杉謙信の居城として知られる越後の名城
  • 山全体に曲輪を配置した巨大な山城
  • 空堀・土塁・大井戸・屋敷跡が残る国指定史跡

春日山城とは、新潟県上越市にある戦国時代の山城跡である。越後守護代・長尾氏の本拠として整備され、上杉謙信の居城として知られる。標高約180メートルの春日山に本丸を置き、山全体に曲輪、屋敷跡、空堀、土塁を配置した大規模な山城であった。現在も本丸跡、毘沙門堂、直江屋敷跡、柿崎屋敷跡、大井戸、空堀などが残り、戦国越後を治めた上杉氏の本拠を歩いて体感できる。

春日山城の特長
目的 長尾氏・上杉氏の本拠、越後支配の中心、戦国期の軍事・政治拠点
特長 巨大山城、曲輪群、空堀、土塁、大井戸、毘沙門堂、屋敷跡、総構
他の城との違い ・上杉謙信の居城として知られる
・山全体に曲輪や屋敷跡を配置した大規模な山城である
・石垣や天守を見せる城ではなく、土塁・空堀・自然地形を活かした土の城である
春日山城の石垣・土塁
石垣 なし
土塁 現存
種類 土塁、空堀、堀切、曲輪、屋敷跡、総構、山城
石材 該当なし
特長 春日山城は石垣を主体とする城ではなく、春日山の自然地形を活かし、土塁・空堀・堀切・曲輪によって構成された山城である。本丸を中心に、上杉景勝屋敷跡、直江屋敷跡、柿崎屋敷跡など多くの曲輪が山中に配置されている。山麓には延長約1.2キロメートルに及ぶ堀と土塁による総構も築かれており、山城と城下を一体的に守る構造が春日山城の大きな特徴である。
春日山城DATA
別称 蜂ヶ峰城
所在地 新潟県上越市
築城 南北朝時代頃と伝わる
築城者 上杉氏、または長尾氏と伝わる
住所 新潟県上越市中屋敷ほか
電話番号 025-544-3728
開館時間 春日山城跡は見学自由。春日山城跡ものがたり館は9時~16時30分
休館日 春日山城跡はなし。春日山城跡ものがたり館は月曜日。祝日の場合は翌日。12月1日~2月末日まで冬季休館
入館料 無料
備考 春日山城跡は国指定史跡で、日本100名城にも選定されている。春日山城跡ものがたり館では、上杉謙信や春日山城の歴史を映像や展示で学べる。山城のため、本丸跡や各屋敷跡を巡る場合は歩きやすい靴での見学が望ましい。
春日山城への交通アクセス
えちごトキめき鉄道「春日山」駅からバス約5分、徒歩約25分。

HISTORY 春日山城について

春日山城の歴史
南北朝時代頃 春日山に城が築かれたと伝わる
戦国時代 越後守護代・長尾氏の本拠として整備される
1548年 長尾景虎、のちの上杉謙信が春日山城主となる
戦国時代 上杉謙信により春日山城が大規模に整備され、越後支配の中心となる
1578年 上杉謙信が春日山城で死去し、御館の乱が起こる
1579年 上杉景勝が御館の乱に勝利し、春日山城を継承する
1598年 上杉景勝が会津へ移封され、堀秀治が越後へ入る
1607年 堀氏が福島城を築いて本拠を移し、春日山城は役割を終える
1935年 春日山城跡が国の史跡に指定される
2006年 日本100名城に選定される

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春日山城
春日山城の歴史
春日山城の築城時期ははっきりしていませんが、永正10年(1513年)の古文書の記述から、この時期には山城として機能していた様子が分かっています。
ただし、現在のような広大な城郭に整備されるのは16世紀後半と考えられます。春日山は関東・信濃・北陸への往来を監視でき、日本海に近く、直江津港を押さえられる軍事的・商業的な要衝でした。
永正4年(1507年)、守護代の長尾為景は守護の上杉房能を追放し、新守護として上杉定実を擁立しました。以降、長尾氏が春日山城の城主となり勢力を強め、春日山城は長尾氏の本拠として発展していくこととなります。
天文17年(1548年)、長尾為景の子・長尾景虎こと上杉謙信が家督を継ぎます。謙信は春日山を拠点として整備します。曲輪群を設け、家臣団の屋敷を配置し、周囲には約1.2kmにも及ぶ堀と土塁からなる総構を築きました。また、毘沙門天を深く信仰していた謙信は、城内に毘沙門堂を設置したと伝わっています。
天正6年(1578年)、上杉謙信が急死し、後継者を巡って「御館の乱」が起こります。上杉景勝と上杉景虎が争い、春日山城周辺は戦場となりました。最終的には景勝が勝利し、春日山城に入り約20年を過ごしますが、次第に山上の生活を不便に感じ、建物を山麓へ移していきました。
景勝は豊臣秀吉に従属し、慶長3年(1598年)には会津120万石へ移封され、代わって春日山城には堀秀治が入封しました。秀治の息子・忠俊の代に福島城を築城して本拠地を移したことで、春日山城は役割を終え、廃城となりました。
廃城後、春日山城の建物は次第に失われました。しかし山全体の縄張りは比較的良好に残り、近代以降は史跡として保存されるようになります。昭和10年(1935年)には城跡が国史跡に指定され、昭和49年(1974年)には東城砦付近が追加指定されました。平成18年(2006年)には日本100名城に選定されています。
春日山城へのアクセス
春日山城へは、えちごトキめき鉄道「春日山駅」から中腹の春日山神社まで徒歩約40分。春日山神社近くの駐車場から本丸跡までは徒歩約20~30分です。山道を歩くため、歩きやすい靴と服装で訪れましょう。
春日山城の見どころ①本丸跡
春日山城の中心部が本丸跡です。現在は広場状になっており、天守・天守台跡の石碑が残るのみですが、山頂からは日本海と頸城平野の眺望が楽しめます。戦国時代、ここから上杉軍が周辺情勢を監視していたことを実感できる場所です。
天守・本丸の裏手には直径約10mと日本最大級の大井戸があり、現在も水をたたえています。
春日山城の見どころ1 春日山城の見どころ2 春日山城の見どころ3
春日山城の見どころ②毘沙門堂
毘沙門堂は、上杉謙信ゆかりの場所として特に人気があります。謙信は毘沙門天を戦勝の神として深く信仰しており、出陣前には戦勝祈願を行ったとも伝わります。
現在の建物は昭和6年(1931年)に復元されたもので、本来は一段上の曲輪にあったとされています。
春日山城の見どころ③千貫門跡
春日山城の古絵図に必ず登場するのが「千貫門」です。三方は土手と土塁に囲まれており、敵の侵入を阻むため、空堀や切岸が残っています。千貫門は春日山城の重要な出入口だったと考えられており、防御性の高さを実感できる場所です。
春日山城の見どころ④屋敷跡
春日山城の特徴のひとつが、山上に家臣団屋敷が並ぶ構造です。千貫門からさらに上に登った場所には直江兼続の屋敷跡と伝わる直江屋敷跡があります。また、周辺には上杉景勝屋敷跡、三の丸には上杉景虎屋敷跡があります。
春日山城の見どころ4 春日山城の見どころ5 春日山城の見どころ6
春日山城の見どころ⑤林泉寺と春日神社
春日山城の近くには、上杉謙信の墓がある林泉寺があります。謙信の祖父・長尾能景が明応6年(1497年)に建立した上杉氏の菩提寺で、謙信は7歳から14歳までここで過ごしました。
総門は春日山城から移築したと伝わるもの。堀氏や直江兼続の菩提寺でもあり、上杉家関係者の墓所や、川中島合戦の使者の供養塔も残されています。宝物館には謙信ゆかりの品々が展示されています。
近くには奈良の春日大社の分霊を祀った春日神社があります。創建は天徳2年(958年)で、社伝によれば長尾高景が春日山城築城の際、城の鬼門となる現在地へ移したとされています。
ちなみに春日山には「春日山神社」もありますが、こちらは明治34年(1901年)創建の、上杉謙信を祀る神社です。隣接する記念館には、謙信ゆかりの品や資料が展示されています。
春日山城の見どころ7 春日山城の見どころ8 春日山城の見どころ9
春日山城の見どころ⑥春日山城史跡広場と春日山城跡ものがたり館
春日神社近くの春日山城史跡広場では、土塁や堀、堀立柱建物などが復元されています。広場には「監物堀」と呼ばれる総構の堀があり、春にはカキツバタが見ごろを迎えます。
同じ敷地内には「春日山城跡ものがたり館」があり、映像で上杉謙信や春日山城の成り立ちなどについて学ぶことができます。
春日山城の見どころ⑦上越市埋蔵文化財センター
上越市埋蔵文化財センターには「謙信公戦国絵巻館」があり、春日山城のジオラマ展示や甲冑などが展示されています。おもてなし武将隊の本陣でもあり、春日山城の御城印頒布スポットとしても人気です。
春日山城の見どころ10 春日山城の見どころ11 春日山城の見どころ12
春日山城のフォトスポット
本丸跡からの景色は絶景スポットとして人気があります。日本海と頸城平野を一望でき、夕景も見事です。また、春日山神社の上杉謙信像も人気の撮影スポット。甲冑姿の謙信像は迫力があり、多くの観光客が写真を撮影しています。
春日山城の見どころ13 春日山城の見どころ14 春日山城の見どころ15
栗本 奈央子
執筆者 栗本 奈央子(ライター) 元旅行業界誌の記者です。子供のころから日本史・世界史問わず歴史が大好き。普段から寺社仏閣、特に神社巡りを楽しんでおり、歴史上の人物をテーマにした「聖地巡礼」をよくしています。好きな武将は石田三成、好きなお城は熊本城、好きなお城跡は萩城。合戦城跡や城跡の石垣を見ると心がときめきます。