新発田城新潟県新発田市

新発田城DATA
別称 菖蒲城・舟形城
築城 不明
住所 新潟県新発田市大手町6-4

別名「あやめ城」とも呼ばれ、初代新発田藩主溝口秀勝が慶長3年(1598年)に築城、3代宣直のときに完成。政治・経済の中心として交通の便利さを考え、平地につくった平城。

新発田城への交通アクセス

JR羽越本線「新発田駅」から徒歩約20分。

新発田城を藩庁とする、新発田藩の歴史

溝口秀勝が所領を安堵。以降溝口家が12代続く。尊王開国論を唱えた10代溝口直諒が「報国説」を著す。

新発田藩DATA
藩庁 新発田城
旧地域 越後国蒲原郡新発田
石高 10万石
譜代・外様 外様
主な藩主 新発田氏、溝口氏
推定人口 19万人(明治元年)