白河小峰城福島県白河市

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白河小峰城DATA
別称 小峰城、白河城
築城 1340年
住所 福島県白河市郭内

白河小峰城は日本100名城の一つ。国の史跡に指定。

白河小峰城への交通アクセス
JR東北本線 白河駅から徒歩約10分。

HISTORY 奥州関門の名城といわれた白河小峰城

白河小峰城は、福島県白河市にあった平城です。完成の改革で知られる松平定信を始め、7つの家がこの城を居城として白河一帯を治めました。奥州関門の名城と讃えられていましたが、幕末に勃発した戊辰戦争により、ほとんどの建物が焼失してしまいました。そんな白河小峰城の歴史を紐解いていきましょう。

江戸時代以前の白河小峰城
白河小峰城は、14世紀に結城親朝が小峰ヶ岡に築城した小峰城が前身といわれています。 天正18年(1590年)、当時の城主であった白河結城氏が豊臣秀吉の奥州仕置により改易されると、小峰城は蒲生氏や上杉氏の支配下となりました。
白河小峰城の築城から江戸時代
寛永4年(1627年)、丹羽長重が10万石で棚倉城より白河に移封じられます。丹羽長秀は織田家家臣丹羽長秀の長男であり、織田信長が本能寺の変で倒されると豊臣秀吉の家臣となり、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは西軍に与しました。 そのため、一旦改易の憂き目にあいますが、慶長8年(1603年)に1万石で大名に復帰します。その後、慶長19年より勃発した大阪の陣で武功を立てたため、二代将軍徳川秀忠の御伽衆に出世しました。なお、丹羽長重の出世に伴い、各地に散っていた丹羽氏の家臣達が再び彼の元に集まってきたというエピソードは有名です。 丹羽長重は、幕命により寛永6年(1629年)より城郭の大改築に着手し、3年の月日をかけて白河小峰城を築城しました。できあがった白河小峰城は、盛岡城、若松城と共に「東北三名城」と評されるようになりました。
その後、白河小峰城は白河藩藩主の居城となり、7つの家が治め21人の藩主が誕生します。そして、幕末の慶応4年(1868年)、白河小峰城は戊辰戦争で奥羽越列藩同盟軍と新政府軍との激しい攻防の舞台となり、めぼしい建物はすべて焼失してしまいます。この戦いは「白河口の戦い」と呼ばれ、同盟軍が数百名の死傷者を出したのに対し新政府軍は20名前後だけという、圧倒的な新政府軍勝利で幕を下ろしました。
明治以降の白河小峰城
明治6年(1873年)に、白河小峰城は廃城令によって廃城となります。めぼしい建物が戊辰戦争でほぼ焼失していたため、白河小峰城は早くから曲輪・土塁・石垣・水堀を残すのみとなり、二の丸広場は白河町の公園広場となりました。昭和62年(1987年)に史跡整備が行なわれるまでは、公園広場には野球場もあり、競輪も開催されていたそうです。 平成3年(1991年)には本丸跡に店主に相当する三重櫓、平成6年(1994年)に前御門が復元されました。 平成23年(2011年)に発生した東日本大震災により、白河小峰城も数箇所の石垣・曲輪が崩壊、積み重ねがゆるむなどの被害が出ました。2011年秋から崩れた石を一つずつ図面に起こし、形状を崩落前の石垣の写真と比較してどこの石かを特定し、そのうえで元の通りに積み直すといった地道な修理がはじまり、2015年にやっと再入場が可能になり2019年に鈴木和夫市長が城山公園で石垣修復の完了を宣言しました。 現在、白河小峰城は震災復興のシンボルともなっています。 城址公園の敷地内には小峰城歴史館もあり、パネルや模型、VRシアターで小峰城の歴史を学べたり歴代城主の愛蔵品なども見たりできます。
まとめ
白河小峰城は東北三名城と呼ばれるほど美しい城だったと伝わっています。 現在は復興された石垣のみ当時のものですが、復興された櫓や門も江戸時代の技法で復元されており、当時を忍ぶことができます。

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白河小峰城を藩庁とする、白河藩の歴史

白河藩松平定信も城主を務めた
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白河藩DATA
藩庁 白河小峰城
旧地域 陸奥国白河郡白河
石高 10万石
譜代・外様 譜代
主な藩主 丹羽家、榊原家、本多家、松平家、阿部家

丹羽長重が10万余石で入部して白河藩の初代藩主となる。幕末、井伊直弼に仕えた阿部正外は棚倉へ転封を命じられたため白河藩は断絶。

白河小峰城、戊辰戦争の舞台となった総石垣の城郭

福島県白河市に位置する白河小峰城は、関東と奥州の境にある要の城として重視されてきた平山城です。東北としては珍しい総石垣の城で、戊辰戦争では激しい戦いが繰り広げられました。現在は小峰城三重櫓などが木造で復元されています。日本100名城にも選ばれました。

白河小峰城
白河小峰城の歴史
白河小峰城は14世紀中ごろ、小峰氏の祖である結城親朝が小峰ヶ岡に城を築いたのが始まりとされています。白河は「白河の関」で知られる通り、古来より交通の要衝として重視されており、白河小峰城も重要な軍事拠点と位置付けられていました。
天正18年(1590年)の奥州仕置で結城氏が改易されると、白河の地は会津領となり、蒲生氏や上杉氏等の支配を受けます。寛永4年(1627年)、会津藩の蒲生忠郷が嫡子のないまま亡くなったため改易されると、代わって丹羽長重が10万700石で白河小峰城に入城し、初代白河藩主となりました。
長重は城を大規模改修し、4年がかりで本丸・二の丸・三の丸を備えた石垣造りの城郭を整備します。息子の丹羽光重が陸奥国二本松藩に転封になったのちは、榊原氏、酒井氏、松平氏など、主に親藩・譜代大名が相次いで白河藩主を務めました。文政6年(1823年)に阿部正権が10万石で入った後は阿部氏が8代44年間続きます。慶応3年(1867年)に阿部正静が棚倉藩に転封されると、白河藩は天領になります。
白河小峰城は二本松藩の丹羽氏が管理しましたが、慶応4年(1868年)の戊辰戦争の際、城は新政府軍と旧幕府軍との激戦の舞台となり、砲撃などにより城の大半が焼失してしまいました。
明治維新後白河小峰城は廃城となり、城内の建物は解体・撤去され、農地や官公庁舎、住宅地となりました。本丸付近は陸軍省の所管となり、明治26年(1893年)に白河町に払い下げられ、昭和50年代後半から都市公園として整備されます。
平成3年(1991年)には三重櫓、平成6年(1994年)には前御門が、発掘調査や史料などに基づき木造で復元整備されました。平成22年(2010年)には国の史跡に指定されています。平成23年(2011年)の東日本大震災では石垣約10か所が崩落するなどの大きな被害を受けましたが、修復工事の結果、平成31年(2019年)に工事が完了しています。
白河小峰城の見どころ①復元された三重櫓
本丸の北東隅に建てられた三重櫓は、白河小峰城のシンボル的存在です。3層3階の櫓は天守の代わりで、外観は壁に黒塗りの板を貼った「下見板張」です。1階と2階には石落としが設けられました。内部は見学可能で、戊辰戦争の際に打ち込まれた銃弾の跡が残されています。
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白河小峰城の見どころ②総石垣の城
白河小峰城は東北地方では珍しい総石垣の城で、盛岡城や会津若松城とともに「東北の石造りの三名城」と呼ばれています。
石を多用できたのは、白河石の産地だったため。本丸北面・西面の石垣や清水門跡の石垣は高さ約10mにも及び迫力満点です。特に清水門前の同心半円形落積の石垣は見ごたえがあります。
また、三重櫓の北面には、慶長年間(1596年〜1615年)のものと考えられている、白河小峰城最古の石垣があり、こちらも見逃せません。
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白河小峰城の見どころ③小峰城歴史館
城跡に隣接する小峰城歴史館では、築城の経緯や戊辰戦争時の戦闘について、パネルやジオラマなどで学ぶことができます。江戸時代の白河小峰城をCG復元した、270度のVRシアターもあります。このほか、小峰城の歴代城主ゆかりの古文書や美術工芸品なども展示されています。
白河小峰城の見どころ④旧小峰城太鼓櫓
本丸から少し離れたところにある旧小峰城太鼓櫓はもともと二の丸の太鼓門西側にあった櫓で、廃城後、白河の城下で商家を営んでいた荒井家に払い下げられました。後に市に寄贈され、現在の地に移築・修復されており、城で唯一現存する建物として、昭和39年(1964年)に市の重要文化財に指定されています。
旧小峰城太鼓櫓は土日を中心に1階のみ一般公開されており、内部を見学することが可能です。1階は払い下げ後の改修により茶室となっています。
白河小峰城のおすすめフォトスポット
前御門から門と三重櫓を撮影するのがおすすめ。清水門付近の同心半円形落積の石垣も押さえたいスポットです。また、桜のシーズンは桜の中に浮かび上がる三重櫓が撮影できます。
白河小峰城の見どころ7 白河小峰城の見どころ8 白河小峰城の見どころ9
栗本 奈央子
執筆者 栗本 奈央子(ライター) 元旅行業界誌の記者です。子供のころから日本史・世界史問わず歴史が大好き。普段から寺社仏閣、特に神社巡りを楽しんでおり、歴史上の人物をテーマにした「聖地巡礼」をよくしています。好きな武将は石田三成、好きなお城は熊本城、好きなお城跡は萩城。合戦城跡や城跡の石垣を見ると心がときめきます。