- 奈良時代から平安時代にかけて置かれた古代城柵
- 東北地方日本海側の政治・軍事・交流の拠点
- 外郭東門や築地塀が復元された国指定史跡
秋田城とは、秋田県秋田市にある奈良時代から平安時代にかけての古代城柵・官衙遺跡である。律令国家により東北地方日本海側の拠点として置かれ、政治・軍事・文化、さらに北方との交流を担った。現在は国指定史跡として整備され、外郭東門や築地塀、古代水洗厠舎などの復元施設が、古代城柵の姿を伝えている。
秋田城の特長
| 目的 |
古代国家の地方支配、軍事拠点、北方交流の拠点 |
| 特長 |
古代城柵・官衙遺跡、外郭東門・築地塀・古代水洗厠舎の復元 |
| 他の城との違い |
・中世城郭や近世城郭ではなく、古代の城柵である
・天守や石垣を見せる城ではない
・政庁・外郭・築地塀など、古代の役所としての構造が中心である |
秋田城の石垣・土塁
| 石垣 |
なし |
| 土塁 |
築地塀・外郭施設の復元あり |
| 種類 |
築地塀、外郭、政庁、古代城柵 |
| 石材 |
該当なし |
| 特長 |
秋田城は石垣を主体とする城ではなく、築地塀や外郭施設によって区画された古代城柵である。近世城郭のような高石垣や天守台はなく、政庁を中心に外郭東門・築地塀などが復元されている。現在は史跡公園として整備され、古代の官衙遺跡としての姿を知ることができる。 |
秋田城DATA
| 別称 |
秋田柵、出羽柵 |
| 所在地 |
秋田県秋田市 |
| 築城 |
733年頃 |
| 築城者 |
律令国家 |
| 住所 |
秋田県秋田市寺内焼山9-6 |
| 電話番号 |
018-845-1837 |
| 開館時間 |
秋田城跡歴史資料館は9時~16時30分 |
| 休館日 |
年末年始(12月29日~1月3日) |
| 観覧料 |
一般310円、団体240円、高校生以下無料 |
| 備考 |
秋田城跡は史跡公園として整備され、外郭東門、築地塀、古代水洗厠舎などが復元されている。秋田城跡歴史資料館では、発掘調査で出土した資料や古代城柵に関する展示を見学できる。 |
- 秋田城への交通アクセス
- JR奥羽本線・羽越本線・秋田新幹線「秋田」駅からバス約20分。
HISTORY
秋田城について
秋田城の歴史
| 733年 |
出羽柵が現在の秋田城跡周辺に移されたとされる |
| 760年 |
史料上で「秋田城」の名称が確認される |
| 奈良時代 |
出羽国北部の政治・軍事・交流の拠点として機能する |
| 平安時代 |
古代城柵・官衙として引き続き利用される |
| 1939年 |
秋田城跡が国の史跡に指定される |
| 1998年 |
外郭東門が復元公開される |
| 2016年 |
秋田城跡歴史資料館が開館する |
秋田城を藩庁とする、久保田藩の歴史
- 久保田藩佐竹氏が幕末まで治める
- 久保田藩とは 久保田藩とは、別名を秋田藩ともいい、現在の秋田県を中心に佐竹氏が幕末まで治めた藩である。 藩名は久保田藩で、1602年から1871年まで続き、久保田城と横手城を関係する城とした藩である。
久保田藩DATA
| 藩庁 |
秋田城 |
| 旧地域 |
出羽国秋田郡 |
| 石高 |
20万5800石 |
| 譜代・外様 |
外様 |
| 主な藩主 |
佐竹氏 |
| 推定人口 |
43万5000人(明治元年) |
常陸国54万石の大大名であった佐竹義宣が徳川家康の出兵要請に従わなかったことで出羽国へ転封。石高も20万余石へと激減。