- 久保田藩佐竹氏が幕末まで治める
- 久保田藩は別名秋田藩と呼ばれ、関ヶ原の戦いで西軍に味方したことを理由に、常陸国から秋田へ減封となった佐竹氏が幕末まで治めた藩です。佐竹氏は源氏の流れを汲む名門の家柄で、秋田に移ってからは本家のほかに東
横手城とは、秋田県横手市にある中世から近世にかけての城跡である。戦国時代には小野寺氏の居城として知られ、横手盆地を見下ろす丘陵上に築かれた。戊辰戦争では戦火により落城し、現在は横手公園として整備されている。二の丸跡には天守閣様式の横手公園展望台が建ち、内部は郷土資料館として利用されている。
| 目的 | 小野寺氏の居城、横手地域支配の拠点 |
|---|---|
| 特長 | 丘陵上に築かれた平山城、戊辰戦争で落城、現在は展望資料館を持つ城跡 |
| 他の城との違い | ・現存天守を持つ城ではない ・現在の天守風建物は、二の丸跡に建てられた展望台である ・横手盆地を一望できる立地にあり、城跡全体が横手公園として親しまれている |
| 石垣 | なし |
|---|---|
| 土塁 | 一部痕跡あり |
| 種類 | 平山城、曲輪、堀、土塁 |
| 石材 | 該当なし |
| 特長 | 横手城は石垣を主体とする城ではなく、丘陵地形を利用した土造りの城である。城跡は横手公園として整備されており、本丸跡・二の丸跡などの地形に城の名残を見ることができる。現在の天守閣様式の建物は、二の丸跡に建てられた展望資料館である。 |
| 別称 | 朝倉城、阿櫻城、韮城 |
|---|---|
| 所在地 | 秋田県横手市 |
| 築城 | 戦国時代 |
| 築城者 | 小野寺氏 |
| 住所 | 秋田県横手市城山町29-1 |
| 電話番号 | 0182-32-1096 |
| 開館時間 | 横手公園展望台は9時~16時30分 |
| 休館日 | 横手公園展望台は12月1日~3月31日。ただし2月のかまくら期間中は臨時開館あり |
| 開館期間 | 4月1日~11月30日および2月のかまくら期間中 |
| 入館料 | 4館共通入場券100円。中学生以下無料 |
| 備考 | 現在は横手公園として整備されている。二の丸跡に建つ横手公園展望台は、郷土資料館を兼ねた天守閣様式の展望施設である。 |
| 戦国時代 | 小野寺氏の居城として横手城が整備される |
|---|---|
| 1600年 | 関ヶ原の戦い後、小野寺氏が改易される |
| 江戸時代 | 佐竹氏の秋田入部後、横手城には城代が置かれる |
| 1868年 | 戊辰戦争で横手城が砲火により炎上し、落城する |
| 1873年 | 廃城令により横手城が廃城となる |
| 1965年 | 二の丸跡に天守閣様式の横手公園展望台が建てられる |
| 現在 | 横手公園として整備され、市民の憩いの場となっている |
| 藩庁 | 久保田城 |
|---|---|
| 旧地域 | 出羽国秋田郡 |
| 石高 | 20万5800石 |
| 譜代・外様 | 外様 |
| 主な藩主 | 佐竹氏 |
| 推定人口 | 43万5000人(明治元年) |
常陸国54万石の大大名であった佐竹義宣が徳川家康の出兵要請に従わなかったことで出羽国へ転封。石高も20万余石へと激減。
秋田県横手市にある横手城は、戦国時代から続く平山城です。幕末には戊辰戦争の激戦地「横手の戦い」の舞台となり、落城しています。本丸には秋田神社があり、二之丸には現在展望台として模擬天守が建っています。