- 久保田藩佐竹氏が幕末まで治める
- 久保田藩は別名秋田藩と呼ばれ、関ヶ原の戦いで西軍に味方したことを理由に、常陸国から秋田へ減封となった佐竹氏が幕末まで治めた藩です。佐竹氏は源氏の流れを汲む名門の家柄で、秋田に移ってからは本家のほかに東
久保田城とは、秋田県秋田市にある江戸時代初期に築かれた近世城郭である。出羽国へ国替えとなった佐竹氏の居城として、初代秋田藩主・佐竹義宣により築かれた。石垣をほとんど用いず、堀と土塁を巡らせた構造を持ち、天守を造らなかったことでも知られる。現在は千秋公園として整備され、御隅櫓や表門、御物頭御番所などが城跡の面影を伝えている。
| 目的 | 秋田藩佐竹氏の居城、領国支配の拠点 |
|---|---|
| 特長 | 土塁と堀を主体とする平山城、天守を持たない近世城郭 |
| 他の城との違い | ・石垣をほとんど用いない土造りの城である ・天守をはじめから造らなかった ・本丸北西隅には、史料をもとに復原された御隅櫓がある |
| 石垣 | 一部あり |
|---|---|
| 土塁 | 現存 |
| 種類 | 土塁、堀、一部石垣 |
| 石材 | 不明 |
| 特長 | 久保田城は石垣を主体とする城ではなく、堀と土塁を巡らせた土造りの近世城郭である。石垣はほとんど用いられておらず、城の防御は土塁・堀・曲輪構成によって成り立っていた。現在も千秋公園内に土塁や堀の名残が見られ、本丸北西隅には復原された御隅櫓が建つ。 |
| 別称 | 矢留城、葛根城 |
|---|---|
| 所在地 | 秋田県秋田市 |
| 築城 | 1603年 |
| 築城者 | 佐竹義宣 |
| 住所 | 秋田県秋田市千秋公園1 |
| 電話番号 | 018-827-5075 |
| 開館時間 | 千秋公園は見学自由。佐竹史料館・久保田城御隅櫓は9時~16時30分 |
| 休館日 | 千秋公園はなし。佐竹史料館は年末年始、展示替え期間 |
| 入館料 | 千秋公園は無料。佐竹史料館・久保田城御隅櫓は一般500円、高校生以下無料 |
| 備考 | 佐竹史料館は2025年にリニューアルオープン。久保田城御隅櫓は市制100周年を記念して復原された建物で、佐竹氏の歴史を紹介する展示がある。 |
久保田城は、秋田県秋田市にあった平城です。江戸時代になって築城されたので、石垣がほとんどなく土塁と堀を巡らせた城で、天守閣も最初から作られませんでした。また、幾度も火災に見舞われた城としても知られています。そんな久保田城の歴史を紐解いていきましょう。
| 1602年 | 佐竹義宣が出羽国へ国替えとなる |
|---|---|
| 1603年 | 久保田城の築城が始まる |
| 1604年 | 佐竹義宣が久保田城に入城する |
| 1631年頃 | 久保田城が完成したとされる |
| 1871年 | 廃藩置県により秋田藩が廃止される |
| 1873年 | 廃城令により久保田城が廃城となる |
| 1896年 | 久保田城跡が千秋公園として整備される |
| 1989年 | 市制100周年を記念して久保田城御隅櫓が復原される |
| 2025年 | 秋田市立佐竹史料館がリニューアルオープンする |
久保田城と関連する人物記を読む
| 藩庁 | 久保田城 |
|---|---|
| 旧地域 | 出羽国秋田郡 |
| 石高 | 20万5800石 |
| 譜代・外様 | 外様 |
| 主な藩主 | 佐竹氏 |
| 推定人口 | 43万5000人(明治元年) |
常陸国54万石の大大名であった佐竹義宣が徳川家康の出兵要請に従わなかったことで出羽国へ転封。石高も20万余石へと激減。
秋田県秋田市にある久保田城は、秋田藩主・佐竹氏が江戸時代に入って神明山に築いた平山城です。天守はなく、石垣もほとんどない、堀と基礎となる石垣の上に土塁を作った「鉢巻土塁」で囲まれた城として知られています。