脇本城秋田県男鹿市

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  • 男鹿半島の海沿いに広がる東北最大級の山城
  • 安東愛季が大規模に修復し、居城とした戦国の城
  • 曲輪・土塁・空堀・虎口が広範囲に残る国指定史跡

脇本城とは、秋田県男鹿市脇本にある中世から戦国時代の城跡である。男鹿半島の南岸、生鼻崎周辺の丘陵地に築かれ、海と山の地形を利用した大規模な山城である。築城時期や築城者は明確ではないが、天正5年(1577)に安東氏の一族である安東愛季が大規模な修復を行い、居城としたといわれる。城域は生鼻崎から馬乗り場、兜ヶ崎周辺まで広がり、総面積は約150ヘクタールに及ぶ東北最大級の規模を持つ。現在も多数の曲輪、土塁、空堀、井戸跡、虎口などが残り、男鹿半島支配の拠点としての重要性を伝えている。

脇本城の特長
目的 安東氏の居城、男鹿半島支配の拠点、日本海交通の監視、脇本湊・沿岸部の掌握、広域支配の軍事拠点
特長 安東氏、安東愛季、男鹿半島、生鼻崎、脇本湊、日本海、山城、曲輪、土塁、空堀、虎口、井戸跡、天下道、国指定史跡、続日本100名城
他の城との違い ・海に突き出た男鹿半島の丘陵地を利用した、海と山の要素を併せ持つ山城である
・総面積約150ヘクタールに及ぶ、東北最大級の城域を持つ
・石垣や天守ではなく、広大な曲輪群、土塁、空堀、虎口によって構成される土の城である
・城内を通る古道「天下道」など、交通路と城郭が一体となった構造を確認できる
脇本城の石垣・土塁
石垣 なし
土塁 現存
種類 土塁、空堀、曲輪、虎口、井戸跡、堀切、段築、山城、海沿いの城、土の城、中世城郭
石材 石垣を主体とする城郭ではないため、該当なし
特長 脇本城は、石垣ではなく土塁と空堀を主体とする中世城郭である。城域は生鼻崎、内館、馬乗り場、兜ヶ崎など広範囲に及び、複数の曲輪群が丘陵上に展開している。男鹿市の説明では、多数の曲輪、土塁、空堀、井戸跡、虎口などが確認され、発掘調査では当時使用された陶磁器なども出土している。城内には古道「天下道」の雰囲気が残る場所もあり、脇本城では単独の本丸跡だけでなく、道、曲輪、土塁、空堀、海への眺望を合わせて見るのが自然である。
脇本城DATA
別称 湧本城、生鼻城、太平城
所在地 秋田県男鹿市
築城 築城時期は不明。天正5年(1577)に安東愛季が大規模な修復を行い、居城としたといわれる
築城者 不明。大規模修復は安東愛季
住所 秋田県男鹿市脇本脇本字七沢外
電話番号 0185-24-9103(男鹿市 文化スポーツ課 文化財)
開館時間 城跡は見学自由。脇本城跡案内所は24時間開放。ただし夜間は照明がないため日中の見学が推奨される
休館日 城跡は見学自由
入館料 無料
備考 脇本城は国指定史跡で、続日本100名城の106番に選定されている。史跡指定は平成16年(2004)9月30日で、令和4年(2022)11月10日に追加指定された。続日本100名城スタンプは脇本城跡案内所に設置されている。案内所ではパンフレットを入手でき、内館地区へは案内所向かいの古道階段から登城できる。周辺ではクマの目撃情報が出ることがあるため、見学前に男鹿市の最新情報を確認し、クマ鈴などの対策をしたうえで日中に歩くのが望ましい。
脇本城への交通アクセス
JR男鹿線「脇本」駅から徒歩約36分。

HISTORY 脇本城について

脇本城の歴史
築城時期不明 男鹿半島南岸の生鼻崎周辺に、脇本城の前身となる城館が築かれたと考えられる
中世 脇本周辺は日本海交通や男鹿半島支配の要地として重視される
戦国時代 脇本城は安東氏、脇本氏、湊氏などに関わる城として使われたと考えられる
1577年 安東愛季が脇本城を大規模に修復し、居城としたといわれる
安土桃山時代 生鼻崎、内館、馬乗り場、兜ヶ崎などを含む広大な城域が整えられる
安土桃山時代 曲輪、土塁、空堀、井戸跡、虎口などを備えた大規模な山城として機能する
近世初期 安東氏、秋田氏の転封などにより、脇本城は城としての役割を失っていく
江戸時代 城郭としては使われなくなるが、丘陵上には土塁や空堀などの遺構が残る
2004年 9月30日、脇本城跡が国の史跡に指定される
2017年 日本城郭協会により、脇本城が続日本100名城のひとつに選定される
2022年 11月10日、脇本城跡が追加指定される
現在 国指定史跡として保存され、曲輪、土塁、空堀、虎口、井戸跡などを歩いて見学できる城跡となっている