郡上八幡城岐阜県郡上市

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冬の郡上八幡城1 冬の郡上八幡城2 冬の郡上八幡城3 冬の郡上八幡城4 冬の郡上八幡城5 冬の郡上八幡城6 冬の郡上八幡城7 冬の郡上八幡城8
  • 日本最古の木造再建城として知られる山城
  • 遠藤盛数が陣を置いたことに始まる郡上の城
  • 白亜の天守と石垣が城下町を見下ろす

郡上八幡城とは、岐阜県郡上市にある戦国時代から近世にかけての城跡である。永禄2年(1559)に遠藤盛数が陣を置いたことを始まりとし、その後、郡上支配の拠点として整備された。天正16年(1588)に稲葉貞道が入ると、高い石垣や天守台などが築かれ、本格的な山城へと改修された。現在の天守は昭和8年(1933)に木造で再建された模擬天守で、日本最古の木造再建城として知られる。

郡上八幡城の特長
目的 郡上支配の拠点、山上から城下町を見下ろす防御拠点
特長 木造再建天守、山城、石垣、天守台、城下町を望む眺望
他の城との違い ・現在の天守は昭和8年(1933)に木造で再建された模擬天守である
・日本最古の木造再建城として知られる
・山上から郡上八幡の城下町と奥美濃の山並みを一望できる
郡上八幡城の石垣
石垣 現存
種類 野面積、打込接など
石材 自然石
特長 郡上八幡城には、山上の本丸周辺を中心に石垣が残る。稲葉貞道の時代に高い石垣や天守台が整備され、本格的な山城として改修された。現在の城郭一帯の石垣は岐阜県の史跡に指定されており、自然石を用いた荒々しい石垣と白亜の木造再建天守が、郡上八幡城の大きな見どころとなっている。
郡上八幡城DATA
別称 八幡城、積翠城、郡城、虞城
所在地 岐阜県郡上市
築城 1559年
築城者 遠藤盛数
住所 岐阜県郡上市八幡町柳町一の平659
電話番号 0575-67-1819
開館時間 3月~5月・9月~10月は9時~17時、6月~8月は8時~18時、11月~2月は9時~16時30分。最終入城は閉館15分前まで
休館日 12月20日~1月10日。天候等により臨時休館あり
入城料 大人400円、小人200円
備考 現在の天守は1933年に建てられた木造の模擬天守で、史実上の天守を正確に復原したものではない。天守は郡上市の有形文化財、城郭一帯の石垣は岐阜県の史跡に指定されている。続日本100名城にも選定されている。
郡上八幡城への交通アクセス
長良川鉄道「郡上八幡駅」下車、まめバス:城下町プラザ下車、徒歩約15分。

HISTORY 郡上八幡城について

郡上八幡城の歴史
1559年 遠藤盛数が陣を置いたことが郡上八幡城の始まりとされる
戦国時代 遠藤慶隆が郡上を統一し、城や城下町を整備する
1588年 稲葉貞道が郡上領主となり、高い石垣や天守台を整備する
1600年 関ヶ原の戦いに際し、遠藤慶隆が東軍に属して郡上八幡城を奪還する
江戸時代 郡上藩の藩庁として、遠藤氏・井上氏・金森氏・青山氏などが城主を務める
1871年 廃藩置県により郡上藩が廃止される
明治時代 廃城後、石垣を残して城の建物が取り壊される
1933年 木造の模擬天守が再建される
2017年 続日本100名城に選定される

郡上八幡城を藩庁とする、郡上八幡藩の歴史

亀甲に花菱

遠藤家の家紋「亀甲に花菱」

郡上八幡藩DATA
藩庁 郡上八幡城
旧地域 美濃国
石高 4万8000石
譜代・外様 譜代
主な藩主 遠藤氏、井上氏、金森氏、青山氏
推定人口 5万6000人(明治元年)

郡上藩または八幡藩とも呼ばれる。遠藤慶隆が2万7000石で立藩。第4代藩主・遠藤常春の代で百姓一揆と家中騒動が勃発する。

郡上八幡城、木造再建された「日本で最も美しい山城」

岐阜県郡上市の山間にそびえる郡上八幡城は、日本最古の模擬天守として知られる山城です。元は戦国時代に創建され、江戸時代を通して複数の大名家が居城としました。白亜の模擬天守は司馬遼太郎が「日本で最も美しい山城」と絶賛したことで有名です。

郡上八幡城
郡上八幡城の歴史
郡上八幡城は永禄2年(1559年)、戦国武将・遠藤盛数によって牛首山(のちの八幡山)に砦として築かれたのが始まりとされています。その後、盛数の子・遠藤慶隆が城主となりますが、秀吉により追放され、天正16年(1588年)に稲葉貞通が入城。郡上八幡城を大改修し、近世城郭としての整備を進めました。天守台や石垣、城郭の構造が整備されたのもこの頃とされています。
慶長5年(1600年)、遠藤慶隆は関ヶ原の戦いで東軍についたことで、再び郡上八幡城に戻り、約3年かけて城を改修します。慶隆は郡上藩の初代藩主として郡上を治めました。
その後、慶隆の孫にあたる3代目城主の遠藤常友が寛文7年(1667年)に城下町や城の大改修を実施。承応元年(1652年)に起こった大火で大きな被害を受けた城下町の再生をはかるとともに、城下町の用水路を整備し、火災に強い「水の城下町」を築きました。
遠藤氏は5代目城主の遠藤常久が7歳で亡くなると遠藤氏は移封され、代わって井上正任が入城。以後は井上氏2代、金森氏2代、青山氏7代と城主が変遷しました。
明治維新後は廃城となり、石垣以外は取り壊されましたが、昭和8年(1933年)に大垣城を参考に木造4層5階の模擬天守が建てられました。このとき隅櫓や高塀も再建されています。
木造模擬天守は、現存する中では最も古いものとして知られています。2017年には続日本100名城にも選ばれました。その後、耐震補強工事などが行われ、再建90周年の令和5年(2023年)にリニューアルオープンしています。
郡上八幡城の見どころ①日本最古の木造模擬天守
郡上八幡城の最大の見どころは、昭和初期に再建された木造天守です。再建に際しては、国宝・犬山城の様式を参考にしており、白漆喰と木材が織りなすコントラストは美しいと評判です。司馬遼太郎は粉雪が舞うなか郡上八幡城を訪れており、著書『街道をゆく』のなかで「日本で最も美しい山城であり、隠国(こもりく)の城」と絶賛しています。
城の内部には刀剣や甲冑や歴代藩主の旗印、ゆかりの品々、関ヶ原の前哨戦ともいうべき戦い「八幡城の合戦」を描いた「郡上八幡城合戦絵図」などが展示されています。山内一豊の妻「千代」の出身地であるという説にちなんで肖像画も飾られています。
古い木造建築ならではのぎしぎしときしむ階段を上ると、最上階の5階に到着。ここからの眺めは絶景で、山々と吉田川に囲まれた町並みがまるで魚の形のように見えます。
このほか、天守と同じ時期に再建された2つの隅櫓も見どころの一つ。隅櫓と天守を撮影するのが定番の構図となっています。
郡上八幡城の見どころ1 郡上八幡城の見どころ2 郡上八幡城の見どころ3
郡上八幡城の見どころ②石垣
郡上八幡城には曲輪や石垣、空堀などの跡が残されています。石垣はほとんどが野面積みで、本丸石垣の下には赤髭作兵衛という力持ちが運んだという約350kgの「力石」が残っています。
郡上八幡城の見どころ③空に浮かぶ「天空の城」
郡上八幡城は朝霧のなか、雲海に浮かぶ「天空の城」としても有名です。雲海は湿度が高く放射冷却があるとき、朝と日中の気温差が大きく風が弱い時、といった条件がそろうと発生します。秋から冬の早朝が発生しやすいと言われていますが、いつでも見られるわけではありません。
天空の城の撮影スポットは「堀越峠(国道256号)」。ただし堀越峠は道幅が狭く、カーブが多く危ないことから駐車が禁止されています。車線に停車して撮影することは厳禁です。交通ルールを守りながら見学・撮影しましょう。
郡上八幡城のフォトスポット
郡上八幡城には城内部に「絶景スポット」の看板が立っており、看板の付近で撮影することがおすすめ。周囲は城丸公園として整備されており、本丸跡広場から天守を見上げて撮影すると迫力満点の写真が撮影できます。
おすすめの時期は秋。郡上八幡城は紅葉スポットとして有名で、紅葉の燃えるような赤と白亜の城のコントラストが美しく「天守炎上」と称されています。このほか天守5階からの眺めも美しく、特に紅葉や雪に沈む城下町は絶景の一言です。
郡上八幡城の見どころ4 郡上八幡城の見どころ5 郡上八幡城の見どころ6
栗本 奈央子
執筆者 栗本 奈央子(ライター) 元旅行業界誌の記者です。子供のころから日本史・世界史問わず歴史が大好き。普段から寺社仏閣、特に神社巡りを楽しんでおり、歴史上の人物をテーマにした「聖地巡礼」をよくしています。好きな武将は石田三成、好きなお城は熊本城、好きなお城跡は萩城。合戦城跡や城跡の石垣を見ると心がときめきます。

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