大村家の家紋「五瓜に唐花」
玖島城とは、長崎県大村市玖島にある江戸時代初期の城跡である。大村藩初代藩主・大村喜前が慶長3年(1598)末から築城を始め、慶長4年(1599)に完成した。大村湾に突き出した玖島崎に築かれた平山城で、海を防御に取り込んだ城であった。慶長19年(1614)には2代藩主・大村純頼の時代に大改修が行われ、大手口を南側へ移し、打込接の石垣を築いた。以後、幕末まで大村氏の居城となった。現在は大村公園として整備され、本丸跡の大村神社、石垣、堀、土塁、板敷櫓などが往時の姿を伝えている。
| 目的 | 大村藩の政庁、大村氏の居城、大村湾・海上交通の監視、大村城下町形成の中心 |
|---|---|
| 特長 | 大村喜前、大村純頼、大村氏、大村湾、玖島崎、大村神社、板敷櫓、石垣、堀、土塁、大村公園、オオムラザクラ、花菖蒲 |
| 他の城との違い | ・大村湾に突き出した玖島崎を利用した海辺の平山城である ・大村氏が明治維新まで約270年にわたり居城とした ・現在は城跡であると同時に、日本さくら名所100選・日本の歴史公園100選にも選ばれた花の名所として整備されている |
| 石垣 | 現存 |
|---|---|
| 土塁 | 現存 |
| 種類 | 野面積、打込接、石垣、土塁、堀、櫓台、虎口、平山城、海城 |
| 石材 | 自然石、加工石など |
| 特長 | 玖島城の石垣は、築城当初の野面積と、慶長19年(1614)の大改修で築かれた打込接の石垣を見比べられる点が特徴である。大村市公式では、築城当初の大手口は城の北側にあり、現在も自然石を積んだ野面積の石垣と土を固めた土塁が残ると説明されている。改修後は大手口が南側へ移され、大手門周辺には石を加工した打込接の石垣が築かれた。現在も大手口から板敷櫓方面へ向かって、美しい曲線を描く石垣が残る。玖島城では、石垣、堀、土塁、大村湾に面した立地をあわせて見ることで、海を取り込んだ大村藩の本城としての姿が理解できる。 |
| 別称 | 大村城、玖島崎城 |
|---|---|
| 所在地 | 長崎県大村市 |
| 築城 | 1598年末着工、1599年完成 |
| 築城者 | 大村喜前 |
| 住所 | 長崎県大村市玖島1丁目45番地周辺 |
| 電話番号 | 0957-53-4111 |
| 開館時間 | 玖島城跡・大村公園は見学自由 |
| 休館日 | なし |
| 入館料 | 無料 |
| 備考 | 玖島城跡は大村公園として整備されている。大村市公式では、玖島城は慶長4年(1599)に完成し、慶長19年(1614)に大改修が行われたと案内されている。本丸跡には大村神社が鎮座し、園内には石垣、土塁、堀、板敷櫓がある。大村公園は日本さくら名所100選、日本の歴史公園100選に選定され、国指定天然記念物のオオムラザクラを含む桜や、約30万本の花菖蒲でも知られる。JR大村駅からバスまたは車でアクセスしやすい。 |
| 1587年 | 大村純忠が死去し、子の大村喜前が大村氏を継ぐ |
|---|---|
| 1598年 | 大村喜前が、三城城に代わる新たな本拠として玖島城の築城を始める |
| 1599年 | 玖島城が完成し、大村氏の本拠が玖島へ移る |
| 江戸時代初期 | 玖島城を中心に城下町が整備され、家臣団が城下に集住する |
| 1614年 | 2代藩主・大村純頼の時代に玖島城の大改修が行われる |
| 1614年 | 大手口が北側から南側へ移され、大手門周辺に打込接の石垣が築かれる |
| 江戸時代 | 大村氏が代々大村藩を治め、玖島城が藩政の中心となる |
| 江戸時代 | 本丸・二の丸・三の丸を備え、6つの櫓を持つ城として整えられる |
| 明治時代 | 廃藩置県により大村藩が廃止され、玖島城は城としての役割を終える |
| 明治時代以降 | 城跡は公園として整備され、本丸跡には大村神社が鎮座する |
| 1992年 | 板敷櫓が新しい展望施設として建てられる |
玖島城と関連する事件を読む
大村家の家紋「五瓜に唐花」
| 藩庁 | 玖島城 |
|---|---|
| 旧地域 | 肥前国彼杵郡 |
| 石高 | 2万7000石 |
| 譜代・外様 | 外様 |
| 主な藩主 | 大村家 |
| 推定人口 | 12万人(明治元年) |
長崎県大村市にある玖島城(くしまじょう)は、大村氏が築いた平山城です。現在は大村公園として整備されており、桜や花菖蒲が美しい県内有数の花の名所として知られており、「日本さくら名所100選」にも選ばれています。