大田原城栃木県大田原市

秋の大田原城1 秋の大田原城2 秋の大田原城3 秋の大田原城4 秋の大田原城5 秋の大田原城6
  • 大田原氏の居城として続いた平山城
  • 本丸・二の丸・三の丸を備えた複郭式の城
  • 現在は龍城公園として整備され、土塁や堀が残る

大田原城とは、栃木県大田原市にある中世から近世にかけての城跡である。大田原資清によって築かれ、明治時代初期まで大田原氏の居城として機能した。城は本丸・二の丸・三の丸を中心に、北と西の曲輪、馬場、作事場などを備えた複郭式の平山城であった。現在は龍城公園として整備され、土塁や堀の名残が城跡の姿を伝えている。

大田原城の特長
目的 大田原氏の居城、那須地域支配の拠点、奥州への備え
特長 複郭式平山城、本丸・二の丸・三の丸、土塁、堀、曲輪
他の城との違い ・大田原氏が明治時代初期まで居城とした城である
・関ヶ原の戦い前には、徳川家康が奥州への備えとして城の修理を命じた
・現在は龍城公園として整備され、桜やつつじの名所にもなっている
大田原城の石垣・土塁
石垣 なし
土塁 現存
種類 土塁、空堀、堀切、曲輪、平山城
石材 該当なし
特長 大田原城は石垣を主体とする城ではなく、丘陵地形を活かし、土塁と堀によって曲輪を区画した平山城である。本丸跡を中心に土塁や空堀、堀切などの遺構が残り、現在は龍城公園として整備されている。城跡としては、石垣ではなく土塁と堀を中心に見るのが自然である。
大田原城DATA
別称 龍城、龍体城
所在地 栃木県大田原市
築城 1543年または1545年
築城者 大田原資清
住所 栃木県大田原市城山2丁目
電話番号 0287-54-1110
開園時間 見学自由
休園日 なし
入園料 無料
備考 現在は龍城公園として整備されている。大田原市指定史跡で、本丸跡は広場となり、土塁や堀の名残を見学できる。春は桜やつつじの名所としても知られる。
大田原城への交通アクセス
JR宇都宮線「西那須野」駅からバス約13分、徒歩4分。

HISTORY 大田原城について

大田原城の歴史
1543年または1545年 大田原資清により大田原城が築かれる
戦国時代 大田原氏の居城として、那須地域支配の拠点となる
1600年 関ヶ原の戦い前、徳川家康が上杉景勝への備えとして大田原城の修理を命じる
1627年 徳川家光が奥州への備えとして、城中に玄米千石を常備させる
1825年 火災により大田原城が焼失する
1826年 大田原城が修造される
1871年 廃藩置県により大田原藩が廃止される
1937年 城跡が大田原町へ寄贈され、公園として整備される
1961年 大田原城跡が大田原市指定史跡となる

大田原城を藩庁とする、大田原藩の歴史

丸に釘抜

大田原家の家紋「丸に釘抜」

大田原藩DATA
藩庁 大田原城
旧地域 下野国那須郡
石高 1万1000石
譜代・外様 外様
主な藩主 大田原家