- 松本藩6つの家が治める
- 松本藩は、江戸時代に長野県に存在した6万石の藩です。譜代大名であり、室町時代から信濃守護であった小笠原氏や、水野氏、戸田氏など6つの家によって幕末まで治められました。藩庁は松本城に置かれ、現在も城は現
松本城とは、長野県松本市にある中世から近世にかけての城である。もとは深志城と呼ばれ、戦国時代から江戸時代にかけて信濃支配の重要拠点となった。現在の天守は国宝に指定された現存天守で、五重六階の大天守を中心に、乾小天守、渡櫓、辰巳附櫓、月見櫓が連なる複合連結式の天守群として知られる。黒漆の下見板と白漆喰の対比、三重の水堀、北アルプスを背景にした景観が、松本城ならではの美しさを伝えている。
| 目的 | 信濃支配の拠点、松本藩の政庁、城下町形成の中心 |
|---|---|
| 特長 | 国宝天守、現存天守、五重六階の大天守、月見櫓、三重の水堀、黒漆の外観 |
| 他の城との違い | ・国宝に指定された現存天守を持つ ・現存12天守の中でも、五重天守を実際に見られる数少ない城である ・戦闘用の天守群に、平和な時代の月見櫓が接続する独特の構成を持つ |
| 石垣 | 現存 |
|---|---|
| 土塁 | 一部現存 |
| 種類 | 野面積、打込接、石垣、土塁、水堀、枡形 |
| 石材 | 自然石、割石など |
| 特長 | 松本城は、三重の水堀と石垣を備えた平城である。本丸・二の丸周辺には石垣と水堀が残り、天守台や黒門、太鼓門周辺では近世城郭らしい石垣を見ることができる。石垣は自然石を用いた野面積を基調としながら、場所によって加工度の異なる石材も使われている。水堀に映る黒い天守と石垣の組み合わせは、松本城を象徴する景観である。 |
| 別称 | 深志城、烏城 |
|---|---|
| 所在地 | 長野県松本市 |
| 築城 | 戦国時代 |
| 築城者 | 小笠原氏、石川数正・康長父子らにより整備 |
| 住所 | 長野県松本市丸の内4-1 |
| 電話番号 | 0263-32-2902 |
| 開場時間 | 通常は8時30分~17時。最終入場は16時30分まで |
| 休場日 | 12月29日~12月31日を除き無休 |
| 観覧料 | 電子チケットは一般1,200円、小・中学生400円、未就学児無料。紙チケットは一般1,300円、小・中学生400円、未就学児無料 |
| 備考 | 松本城天守は国宝に指定された現存天守である。天守内の平均観覧所要時間は約45分~60分。ゴールデンウィークや夏季などは開場時間が延長される場合があり、繁忙期には入場制限が行われることがある。 |
松本城は、長野県松本市にある平城です。安土桃山時代〜江戸時代初期に作られ天守を残し、国宝に指定されています。別名を「深志城」といい、「烏城」という俗称を持つことで知られています。そんな松本城の歴史を紐解いていきましょう。
| 戦国時代 | 小笠原氏の拠点として深志城が築かれる |
|---|---|
| 1550年 | 武田信玄が信濃へ進出し、深志城を支配下に置く |
| 1582年 | 武田氏滅亡後、小笠原貞慶が深志城を回復し、松本城と改めたとされる |
| 1590年 | 徳川家康の関東移封にともない、石川数正が松本城主となる |
| 1590年代 | 石川数正・康長父子により、天守を備えた近世城郭として整備される |
| 江戸時代 | 松本藩の政庁として機能し、小笠原氏・戸田氏・松平氏・堀田氏・水野氏などが城主を務める |
| 1872年 | 廃城後、天守が売却され破却の危機に直面する |
| 明治時代 | 市川量造らの尽力により、天守が破却を免れる |
| 1936年 | 松本城天守5棟が旧国宝に指定される |
| 1952年 | 松本城天守が文化財保護法に基づく国宝に指定される |
| 2006年 | 日本100名城に選定される |
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| 藩庁 | 松本城 |
|---|---|
| 旧地域 | 信濃国筑摩郡 |
| 石高 | 6万石 |
| 譜代・外様 | 譜代 |
| 主な藩主 | 小笠原氏、石川氏、松平氏、堀田氏、水野氏、松平氏(戸田氏) |
| 推定人口 | 12万人(明治元年) |
徳川家康に仕えた石川数正が城郭を整備したものの、わずか2代で改易。小笠原家や松平家をはじめ、譜代・親藩が続いた。
長野県にある漆黒の城・松本城。5重6階の天守を持つ平城で、北アルプスを借景にした優美な姿はミシュラン・グリーンガイド・ジャポンで3つ星に選ばれています。ここでは国宝にも選ばれている松本城の魅力について解説します。