小松城石川県小松市

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  • 前田利常の隠居城として大改修された城
  • 「小松の浮城」とも呼ばれた水に囲まれた平城
  • 現在は本丸櫓台石垣が貴重な遺構として残る

小松城とは、石川県小松市にあった中世から近世にかけての城である。はじめ一向一揆が築いた城といわれ、江戸時代には加賀藩3代藩主・前田利常の隠居城として大改修された。梯川や周囲の水辺を取り込んだ平城で、「小松の浮城」とも呼ばれた。明治以降に建物や堀の多くは失われたが、現在も本丸櫓台石垣や本丸堀石垣の一部が残り、前田利常の時代をしのぶことができる。

小松城の特長
目的 一向一揆の拠点、前田利常の隠居城、加賀藩内の重要拠点
特長 水辺の平城、本丸櫓台石垣、切込接、前田利常ゆかりの城
他の城との違い ・加賀藩3代藩主・前田利常の隠居城として大改修された
・水に囲まれた立地から「小松の浮城」とも呼ばれた
・現在残る遺構は限られるが、本丸櫓台石垣に精緻な切込接を見ることができる
小松城の石垣
石垣 一部現存
種類 切込接
石材 戸室石、蓮代寺・長谷・鵜川産の石材など
特長 小松城の本丸櫓台石垣には、切石を隙間なく積み上げる切込接が用いられている。石材には金沢城でも使われた戸室石のほか、現在の小松市域にあたる蓮代寺、長谷、鵜川から切り出した石が使われた。明治期に小松城の建造物・石垣・堀の多くは取り壊されたため、現在残る主な遺構は本丸櫓台石垣、隣接する井戸、本丸堀石垣の一部である。
小松城DATA
別称 芦城、小松の浮城
所在地 石川県小松市
築城 天正年間と伝わる
築城者 一向一揆勢、または若林長門守と伝わる
住所 石川県小松市丸内町ニノ丸周辺
電話番号 0761-24-8130
開館時間 見学自由
休館日 なし
入館料 無料
備考 現在、小松城跡の主要な遺構として本丸櫓台石垣が残る。三の丸跡は芦城公園として整備され、前田利常ゆかりの城跡として親しまれている。城跡の多くは学校や市街地となっており、現地では本丸櫓台石垣と芦城公園をあわせて見学するとよい。
小松城への交通アクセス
JR「小松」駅から徒歩約22分。

HISTORY 小松城について

小松城の歴史
天正年間 一向一揆勢、または若林長門守により小松城が築かれたと伝わる
1579年 柴田勝家に攻められ、小松城が落城する
江戸時代初期 前田家の支配下に入り、加賀藩の城となる
1639年 加賀藩3代藩主・前田利常の隠居地として小松城が大改修される
江戸時代 前田利常の隠居城として整備され、小松の町の中心となる
明治時代 小松城の建造物・石垣・堀の多くが取り壊される
現在 本丸櫓台石垣や本丸堀石垣の一部が残り、三の丸跡は芦城公園として整備される

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