金劔宮石川県白山市

冬の金劔宮1 冬の金劔宮2 冬の金劔宮3 冬の金劔宮4
  • 紀元前95年創建と伝わる鶴来の古社
  • 白山七社の一つに数えられ、「白山第一王子」と称された神社
  • 木曽義仲、源義経、前田家ゆかりの伝承を残す鶴来の氏神

金劔宮とは、石川県白山市鶴来日詰町にある神社である。紀元前95年に創建されたと伝わる古社で、古くは「劔宮」と呼ばれ、鶴来という地名の由来になったともいわれる。古来、白山七社の一つに数えられ、白山本宮、三宮、岩本宮とともに本宮四社の一社とされ、「白山第一王子」とも称された。神仏習合の時代には、白山信仰と結びつく重要な社として栄え、多くの神人・衆徒を抱えたとされる。源平合戦の時代には、木曽義仲が倶利伽羅峠の戦勝を金劔宮の神恩として感謝し、鞍置馬20頭と横江庄を寄進したと伝わる。また、奥州へ向かう源義経が参拝し、神楽を奉納したという記録も残る。現在は鶴来地区の氏神として信仰され、毎年10月上旬に行われる「ほうらい祭り」では、高さ約5mの造り物や獅子舞が町を練り歩く。境内には乙剱社、恵比須社、金刀比羅社、天の真名井、義経腰掛石などがあり、白山比咩神社とあわせて巡ることで、鶴来に残る白山信仰と地域文化を感じられる。

金劔宮の特長
目的 鶴来地域の氏神、白山信仰の一社、白山第一王子としての信仰、尚武の神への祈願、身命守護、生業繁栄、商売繁盛、金運上昇、地域祭礼の中心
特長 金劔宮、劔宮、鶴来、白山七社、白山第一王子、本宮四社、天津彦火瓊瓊杵尊、菅原道真、大山咋命、少彦名命、木曽義仲、源義経、足利氏、富樫氏、前田家、乙剱社、恵比須社、金刀比羅社、天の真名井、義経腰掛石、ほうらい祭り、造り物、獅子舞
他の神社との違い ・全国白山神社の総本宮である白山比咩神社に対し、金劔宮は白山七社の一つ、白山第一王子として白山信仰の中に位置づけられた神社である
・古くは「劔宮」と呼ばれ、鶴来という地名の由来になったとも伝わる、地域名と深く結びついた神社である
・木曽義仲が戦勝を感謝し、源義経が奥州へ向かう途中で参拝したと伝わるなど、源平合戦期の武将伝承が残る
・境内社の乙剱社は金運上昇の信仰で知られ、近年は金運の神社としても注目されている
・毎年10月上旬の「ほうらい祭り」は、金劔宮の秋季例大祭として、鶴来の町並みと地域文化を今に伝えている
金劔宮DATA
別称 劔宮、白山第一王子、鶴来の氏神様
所在地 石川県白山市
創建 紀元前95年と伝わる。古くは劔宮と呼ばれ、鶴来という地名の由来になったともいわれる
祭神 天津彦火瓊瓊杵尊、菅原道真、大山咋命、少彦名命、護国の英霊
主な関係者 木曽義仲、源義経、足利氏、富樫氏、前田家
主な境内社 乙剱社、恵比須社、金刀比羅社
主な見どころ 拝殿、本殿、乙剱社、天の真名井、義経腰掛石、秋季例大祭のほうらい祭り
住所 石川県白山市鶴来日詰町巳118
電話番号 076-272-0131
参拝時間 境内参拝自由
社務所受付 9時~12時、13時~16時。神職不在や感染症予防等により閉所している場合あり
休館日 なし
拝観料 無料
備考 金劔宮は、白山七社の一つに数えられた鶴来の古社である。中世以来、白山本宮、三宮、岩本宮とともに本宮四社とされ、白山第一王子と称された。源平合戦の折には、木曽義仲が倶利伽羅峠での戦勝を金劔宮の神恩として感謝し、鞍置馬20頭と横江庄を寄進したと伝わる。源義経も奥州へ向かう途中に参拝し、神楽を奉納したとされる。現在は金運上昇の信仰でも知られ、特に境内社の乙剱社に参拝する人が多い。毎年10月上旬には秋季例大祭「ほうらい祭り」が行われ、高さ約5mの造り物や獅子舞が鶴来の町を練り歩く。北陸鉄道石川線鶴来駅から徒歩約12分で、白山比咩神社、鶴来の町並み、手取川周辺とあわせて巡りやすい。
金劔宮への交通アクセス
北陸鉄道石川線「鶴来」駅から徒歩約12分。

HISTORY 金劔宮について

金劔宮の歴史
紀元前95年 金劔宮が創建されたと伝わる。古くは劔宮と呼ばれ、鶴来という地名の由来になったともいわれる
古代 鶴来周辺は白山信仰と結びつく重要な地域となり、金劔宮は地域の氏神として信仰を集める
和銅年間 金劔宮の分霊を奉戴して移住した人々により、美濃国、現在の岐阜県郡上市大和町付近に金劔神社が祀られたと伝わる
中世 金劔宮は白山七社の一つに数えられ、白山本宮、三宮、岩本宮とともに本宮四社とされた
中世 白山第一王子と称され、白山信仰の一角を担う神社として重視される
神仏習合の時代 金劔宮は七堂伽藍を備え、神人や衆徒を多数抱える大きな社寺勢力であったとされる
1183年 寿永2年5月、木曽義仲が倶利伽羅峠で平家軍を破る。義仲はこの勝利を金劔宮の神恩として、鞍置馬20頭と横江庄を寄進したと伝わる
1186年 文治2年2月10日、源義経が奥州へ向かう途中で金劔宮に参拝し、一泊して神楽を奉納したと伝わる
鎌倉時代以降 金劔宮は、白山信仰と地域信仰の拠点として、武家や地域住民から崇敬を受ける
室町時代 足利氏や富樫氏など、加賀周辺の武門から崇敬を受けたと伝わる
戦国時代 加賀の地域支配が大きく揺れる中でも、金劔宮は鶴来地域の信仰拠点として存続する
江戸時代 前田家をはじめ、歴代武門藩主から崇敬を受ける
江戸時代 鶴来の町は白山比咩神社や金劔宮の門前、白山信仰の拠点として発展する
明治時代 神仏分離により、神仏習合時代の白山七社としてのあり方は変化し、神社としての形が整えられる
近代 鶴来地域の氏神として、例祭や地域行事を通じて信仰が継承される
20世紀 金劔宮の秋季例大祭である「ほうらい祭り」が、鶴来を代表する祭礼として地域に受け継がれる
現在 金劔宮は、白山七社の一つに数えられた古社、鶴来の氏神、金運上昇の信仰でも知られる神社として、多くの参拝者を集めている