白山比咩神社石川県白山市

冬の白山比咩神社1 冬の白山比咩神社2 冬の白山比咩神社3 冬の白山比咩神社4 冬の白山比咩神社5 冬の白山比咩神社6
  • 全国三千余社の白山神社の総本宮である加賀一ノ宮
  • 霊峰白山を神体山とし、白山比咩大神を祀る北陸鎮護の大社
  • 白山信仰、泰澄の白山登拝、加賀・越前・美濃三馬場の歴史を伝える神社

白山比咩神社とは、石川県白山市三宮町にある神社である。全国三千余社にのぼる白山神社の総本宮であり、加賀国一宮として古くから篤い崇敬を受けてきた。御祭神は白山比咩大神で、菊理媛尊、伊弉諾尊、伊弉冉尊の三柱を祀る。社伝では崇神天皇7年(前91)、舟岡山に白山の「まつりの庭」として創建されたことに始まるとされる。その後、応神天皇28年(297)に手取川畔の十八講河原へ、霊亀2年(716)に安久濤の森へ遷座し、文明12年(1480)の大火を経て、長享2年(1488)に末社三宮が鎮座していた現在地が本宮の地と定められた。白山は古来、霊峰として崇められ、養老元年(717)には泰澄が白山へ登拝したと伝わる。以後、白山信仰は加賀、越前、美濃の三馬場を通じて広がり、白山比咩神社はその加賀馬場の中心として発展した。現在も「白山さん」と親しまれ、良縁成就、開運招福、家内安全、交通安全、身体健全などを願う多くの参拝者を集めている。

白山比咩神社の特長
目的 白山比咩大神への信仰、霊峰白山の遥拝、白山信仰の中心、加賀国一宮としての地域守護、北陸鎮護、良縁成就、開運招福、家内安全、交通安全、商売繁盛、身体健全、夫婦円満、子孫繁栄
特長 白山比咩神社、白山さん、白山本宮、加賀一ノ宮、白山神社総本宮、白山比咩大神、菊理媛尊、伊弉諾尊、伊弉冉尊、霊峰白山、白山奥宮、泰澄、加賀馬場、越前馬場、美濃馬場、手取川、舟岡山、安久濤の森、前田利家、前田重教、神門、拝殿、本殿、禊場、宝物館
他の神社との違い ・全国三千余社にのぼる白山神社の総本宮であり、白山信仰の中心に位置する神社である
・霊峰白山を神体山とし、本宮と白山奥宮が一体となって信仰を形成している
・白山比咩大神、すなわち菊理媛尊は「くくり」の名から、縁を結ぶ神、和合の神としても崇敬されている
・加賀国一宮として、北陸の地域守護と白山山岳信仰の両方を担ってきた
・境内参拝だけでなく、白山奥宮、手取川、鶴来の町並み、白山比咩神社宝物館とあわせて見ると、白山信仰の広がりを理解しやすい
白山比咩神社DATA
別称 白山さん、白山本宮、加賀一ノ宮、白山神社総本宮
所在地 石川県白山市
創建 崇神天皇7年(前91)。舟岡山、現在の白山市八幡町に白山の「まつりの庭」として社殿を創建したと伝わる
遷座 応神天皇28年(297)に手取川畔の十八講河原へ遷座。霊亀2年(716)に安久濤の森へ遷座。文明12年(1480)の大火後、長享2年(1488)に現在地を本宮鎮座の地と定めた
主な関係者 泰澄、木曽義仲、源頼朝、源義経、前田利家、前田重教
祭神 白山比咩大神。菊理媛尊、伊弉諾尊、伊弉冉尊の三柱を祀る
摂末社 大国主神社、荒御前神社、住吉社
旧社格 国幣中社
主な見どころ 表参道、神門、拝殿、本殿、禊場、白山奥宮遥拝所、荒御前神社、大国主神社、宝物館、白山奥宮
住所 石川県白山市三宮町ニ105-1
電話番号 076-272-0680
参拝時間 境内参拝自由。ご祈祷は9時~16時まで30分間隔、受付は8時30分頃から
宝物館拝観時間 4月~10月は9時~16時、11月は9時30分~15時30分
休館日 境内参拝はなし。宝物館は12月~3月休館。祭典の都合により臨時休館の場合あり
拝観料 境内参拝無料。宝物館は大人300円、高校生以下無料
備考 白山比咩神社は、霊峰白山を神体山とする白山信仰の総本宮である。本宮は石川県白山市三宮町に鎮座し、奥宮は白山国立公園内の白山嶺上に鎮座する。社伝では崇神天皇7年(前91)創建とされ、養老元年(717)には泰澄が白山に登拝したと伝わる。文明12年(1480)の大火後、末社三宮の鎮座地であった現在地に本宮が遷された。江戸時代には加賀藩前田家の崇敬を受け、文禄5年(1596)に前田利家が白山本宮を再興し、明和7年(1770)には前田重教の寄進により本殿の正遷宮が行われた。宝物館には白山信仰の歴史や前田家との関わりを伝える文化財が収蔵されている。北陸鉄道石川線鶴来駅周辺の町並み、手取川、白山奥宮とあわせて巡ると、白山信仰の山・川・里のつながりを理解しやすい。
白山比咩神社への交通アクセス
北陸鉄道石川線「鶴来」駅からバス約14分、徒歩約1分。

HISTORY 白山比咩神社について

白山比咩神社の歴史
前91年 崇神天皇7年、舟岡山に白山の「まつりの庭」として白山比咩神社の社殿が創建されたと伝わる
297年 応神天皇28年、手取川畔の十八講河原へ遷座したと伝わる
716年 霊亀2年、手取川の氾濫により社地が崩壊したため、安久濤の森へ遷座したとされる
717年 養老元年6月18日、泰澄が白山へ登拝したと伝わる
832年 天長9年、白山登拝の三馬場である加賀馬場、越前馬場、美濃馬場が開かれたとされる
848年 嘉祥元年、勅により神殿仏閣が造立され、鎮護国家の道場と定められたと伝わる
1042年 長久3年、白山が噴火したと伝わる
1147年 久安3年、白山本宮が比叡山延暦寺の末寺となる
1177年 安元3年、加賀国目代藤原師経による涌泉寺焼き払いをめぐり、白山側の神輿振が行われたと伝わる
1183年 寿永2年、木曽義仲が倶利伽羅峠の戦勝により神馬を奉納したと伝わる
1183年 寿永2年、源頼朝が神領を寄進したと伝わる
1186年 文治2年、源義経が白山比咩神社に参拝したと伝わる
1480年 文明12年10月16日、本殿が炎上し、御神体を末社三宮へ奉遷する
1488年 長享2年6月1日、三宮を本宮鎮座の地と定める。これが現在の鎮座地につながる
1531年 享禄4年、一向一揆との戦いにより、白山衆徒は大きな打撃を受けたとされる
1596年 文禄5年、前田利家が白山本宮を再興する
1668年 寛文8年、白山麓十八ヶ村が幕府領、いわゆる天領となる
1770年 明和7年、前田重教の寄進による本殿の正遷宮が行われる。これが現在の本殿につながる
1868年 明治元年、神仏分離により、諸神社の別当・社僧に還俗が命じられる
1871年 明治4年、近代社格制度のもとで国幣小社に列せられる
1877年 明治10年、白山比咩神社を本社とし、白山嶺上の神祠を奥宮と定める
1909年 明治42年、御鎮座二千年式年大祭が執行される
1914年 大正3年、国幣中社に昇格する
1951年 昭和26年、白山奥宮境内3000町歩が白山比咩神社に無償譲与される
1958年 昭和33年、御鎮座二千五十年式年大祭が執行される
1962年 昭和37年、白山が国立公園に指定される
1978年 昭和53年、宝物館が竣工する
1980年 昭和55年、御本宮御遷座五百年式年大祭が執行される
1982年 昭和57年、本殿移築、幣殿・拝殿新増改築工事が竣工し、本殿遷座奉幣祭が行われる
1985年 昭和60年、昭和大造営竣工慶賀祭が執行される
1987年 昭和62年、白山奥宮が落雷により焼失する
1988年 昭和63年、白山奥宮の正遷座祭と御再建竣工慶賀祭が執行される
2006年 平成18年、禊場竣工慶賀祭が執行される
2008年 平成20年、御鎮座二千百年式年大祭が執行される
現在 白山比咩神社は、白山神社の総本宮、加賀一ノ宮、北陸鎮護の大社として、多くの参拝者を集めている