尾山神社とは、石川県金沢市尾山町にある神社である。加賀藩祖・前田利家公と正室・お松の方を祀る神社として知られ、金沢城公園や香林坊、近江町市場からも近い金沢中心部に鎮座している。前田利家公は慶長4年(1599)に没し、その御霊は当初、卯辰山の卯辰八幡宮に合祀された。明治維新後、旧加賀藩士たちは利家公の功績を後世に伝えるため、歴代藩主の別邸であった金谷御殿跡地に社殿を建立し、明治6年(1873)11月16日に尾山神社を創建した。尾山神社を象徴する神門は、明治8年(1875)に建てられた三層の楼閣門で、和風、中国風、西洋風の意匠を組み合わせた全国的にも珍しい建築である。最上階には色ガラスがはめ込まれ、かつては灯をともして金石近海を航行する船の目印になったとも伝わる。境内には前田利家公像、お松の方像、金谷神社、池泉回遊式の神苑、旧金沢城二の丸御殿の唐門を移築した東神門などがあり、加賀百万石の歴史と明治初期の文明開化の空気を同時に感じられる神社である。
| 目的 | 加賀藩祖・前田利家公の顕彰、前田家ゆかりの祭祀、金沢の地域守護、文武両道、必勝祈願、商売繁盛、夫婦円満、家内安全、出世開運、災難除け |
|---|---|
| 特長 | 尾山神社、前田利家公、お松の方、芳春院、加賀藩、前田家、金谷御殿跡、卯辰八幡宮、旧加賀藩士、神門、和漢洋折衷、擬洋風建築、ギヤマン、避雷針、戸室石、金谷神社、神苑、楽器の庭、東神門、前田利家公像、お松の方像、金沢城公園、香林坊、長町武家屋敷 |
| 他の神社との違い | ・古代神ではなく、加賀藩祖・前田利家公と正室・お松の方を祀る、前田家顕彰の神社である ・明治6年(1873)創建の比較的新しい神社でありながら、加賀藩と金沢城下の記憶を強く伝えている ・神門は和風、中国風、西洋風を組み合わせた独特の建築で、神社建築としては異例の意匠を持つ ・神門の三層目には色ガラスがはめ込まれ、屋根頂部には現存最古級とされる避雷針がある ・金沢城公園、兼六園、長町武家屋敷、近江町市場の間に位置し、金沢城下町の歴史散策とあわせて訪れやすい |
| 別称 | 尾山さん、金沢の総鎮守、旧別格官幣社 |
|---|---|
| 所在地 | 石川県金沢市 |
| 前身 | 慶長4年(1599)に前田利家公が没した後、2代藩主・前田利長が卯辰山に卯辰八幡宮を建立し、利家公の御霊を合祀したことに始まる |
| 創建 | 明治6年(1873)11月16日。旧加賀藩士らにより、金谷御殿跡地に社殿が建立され、卯辰八幡宮から前田利家公を遷座して尾山神社が創建された |
| 創建者 | 旧加賀藩士ら |
| 祭神 | 前田利家公、お松の方 |
| 相殿 | 前田利長公、前田利常公 |
| 主な建築 | 神門、拝殿、本殿、東神門、金谷神社 |
| 主な見どころ | 神門、ギヤマン、避雷針、前田利家公像、お松の方像、神苑、金谷神社、東神門、さし石 |
| 文化財指定 | 神門は国指定重要文化財。神苑は石川県指定名勝 |
| 住所 | 石川県金沢市尾山町11-1 |
| 電話番号 | 076-231-7210 |
| 参拝時間 | 境内参拝自由。授与所・御朱印受付時間は9時~17時 |
| 御祈祷受付 | お祓い時間は9時30分~15時30分 |
| 休館日 | なし |
| 拝観料 | 無料 |
| 備考 | 尾山神社は、加賀藩祖・前田利家公と正室・お松の方を祀る金沢の代表的な神社である。明治8年(1875)に建てられた神門は、石造と木造を組み合わせた三層楼閣門で、一層目に三連アーチ、三層目にギヤマンと呼ばれる色ガラスを用いる。和漢洋折衷の神門は明治初期の文明開化を感じさせる建築で、国の重要文化財に指定されている。境内の神苑は「楽器の庭」とも呼ばれる池泉回遊式庭園で、古代舞楽の楽器を模した島や橋が配されている。東神門は旧金沢城二の丸御殿の唐門を移築したものとされ、金沢城の建築意匠を伝える貴重な門である。金沢城公園、兼六園、長町武家屋敷、香林坊、近江町市場とあわせて巡りやすい。 |
| 1599年 | 慶長4年、加賀藩祖・前田利家公が死去する |
|---|---|
| 1599年以降 | 2代藩主・前田利長は利家公を神として祀ろうとしたが、外様大名として幕府への配慮が必要であったため、卯辰山に卯辰八幡宮を建立し、利家公の御霊を合祀したと伝わる |
| 江戸時代 | 卯辰八幡宮は、前田利家公の御霊を祀る場として、歴代藩主や藩士から崇敬を受ける |
| 江戸時代 | 現在の尾山神社の鎮座地には、加賀藩主前田家の別邸である金谷御殿が置かれる |
| 1869年 | 明治2年、版籍奉還により加賀藩の政治体制が大きく変化する |
| 1871年 | 明治4年、廃藩置県により加賀藩が廃され、旧加賀藩士らの間で前田利家公を顕彰する動きが強まる |
| 1873年 | 明治6年11月16日、金谷御殿跡地に社殿が建立され、卯辰八幡宮から前田利家公を遷座して尾山神社が創建される |
| 1875年 | 明治8年11月25日、尾山神社の正門として神門が竣工する |
| 1875年 | 神門は和風、中国風、西洋風の意匠を組み合わせた三層楼閣門として建てられ、一層目の三連アーチや三層目のギヤマンが注目を集める |
| 1879年 | 明治12年、前田利長公と前田利常公が相殿に祀られたとされる |
| 明治時代 | 尾山神社は、旧加賀藩士や金沢の人々により、前田家ゆかりの神社として崇敬される |
| 1935年 | 昭和10年5月13日、尾山神社神門が国宝、現在の重要文化財に相当する指定を受ける |
| 1950年 | 昭和25年8月29日、文化財保護法のもとで尾山神社神門が国の重要文化財に指定される |
| 1954年 | 昭和29年、尾山神社神苑が石川県指定名勝となる |
| 1998年 | 平成10年、前田利家公の正室・お松の方が合祀される |
| 平成以降 | 神門、神苑、金谷神社、東神門などが金沢中心部の観光名所として広く知られるようになる |
| 現在 | 尾山神社は、前田利家公とお松の方を祀る神社として、金沢城公園、兼六園、長町武家屋敷などとあわせて多くの参拝者・観光客を集めている |