涌谷城宮城県遠田郡

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  • 涌谷氏の城館を前身とする城跡
  • 江戸時代には涌谷伊達氏の要害となった
  • 現存する太鼓堂と石垣の一部が残る

涌谷城とは、宮城県涌谷町にある中世から近世にかけての城跡である。中世には涌谷氏の城館として築かれ、江戸時代には仙台藩一門・涌谷伊達氏の在所である涌谷要害となった。現在は城山公園として整備され、涌谷町立史料館や現存する隅櫓の太鼓堂、石垣の一部が城跡の面影を伝えている。

涌谷城の特長
目的 涌谷氏の城館、涌谷伊達氏の在所、仙台藩の要害
特長 中世城館を前身とする要害、現存太鼓堂、石垣の一部が残る城跡
他の城との違い ・天守を中心に見せる城ではない
・江戸時代には仙台藩の「要害」として機能した
・現在の天守風建物は、涌谷町立史料館として建てられた施設である
涌谷城の石垣・土塁
石垣 一部現存
土塁 一部痕跡あり
種類 石垣、土塁、堀、曲輪
石材 不明
特長 涌谷城は石垣だけで構成された城ではなく、丘陵地形を利用し、土塁や堀を備えた城館・要害である。現在は太鼓堂周辺に石垣の一部が残り、城山公園として整備された地形に城跡の名残を見ることができる。太鼓堂は江戸時代の涌谷要害にあった隅櫓で、石垣とともに貴重な現存遺構である。
涌谷城DATA
別称 涌谷要害、涌谷館
所在地 宮城県涌谷町
築城 中世
築城者 涌谷氏
住所 宮城県遠田郡涌谷町涌谷字下町3-2
電話番号 0229-42-3327
開館時間 涌谷町立史料館は4月~11月の9時~16時。入館は15時30分まで
休館日 涌谷町立史料館は毎週水曜日。12月~3月は休館
入館料 涌谷町立史料館は一般300円、高校生100円、小中学生100円
備考 現在は城山公園として整備されている。園内には涌谷町立史料館があり、涌谷伊達家関係を中心に、町内の歴史・民俗資料を展示している。太鼓堂は天保4年(1833年)に再建された隅櫓である。
涌谷城への交通アクセス
JR石巻線「涌谷」駅から徒歩約13分。

HISTORY 涌谷城について

涌谷城の歴史
中世 涌谷氏の城館として涌谷城が築かれる
1591年 伊達政宗の家臣・亘理重宗が涌谷を領する
江戸時代 涌谷伊達氏の在所となり、仙台藩の要害として機能する
1833年 隅櫓である太鼓堂が再建される
明治時代 廃城後、城跡の多くが公園や公共施設として整備される
現在 城山公園として整備され、涌谷町立史料館、太鼓堂、石垣の一部が残る

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仙台藩DATA
藩庁 仙台城
旧地域 陸奥国宮城郡
石高 62万5000石
譜代・外様 外様
主な藩主 伊達氏
推定人口 69万9334人(文政11年)

初代藩主は伊達政宗。仙台を奥羽一の城下町へ発展させ、産業の育成に励む。