浪岡城青森県青森市

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  • 浪岡北畠氏の居城として栄えた津軽の中世城館
  • 8つの館が堀で区切られた扇形の平城
  • 土塁・二重堀・館跡から北日本の中世城館を見られる国指定史跡

浪岡城とは、青森県青森市浪岡にある中世の城跡である。浪岡川と正平津川の合流点に近い河岸段丘上に築かれた平城で、浪岡北畠氏の居城として知られる。築城は15世紀後半、浪岡北畠氏4代顕義のころとされ、城内は内館、西館、北館、東館、猿楽館、検校館、新館など複数の館で構成された。各館は堀や土塁によって区切られ、城というよりも、有力一族の居館群が集まった中世城館としての性格が強い。浪岡北畠氏は「浪岡御所」とも呼ばれる格式を持ち、京都との交流を示す陶磁器なども出土している。天正6年(1578)、大浦為信によって落城し、城としての役割を終えた。現在は国指定史跡として整備され、土塁、堀、館跡を見ることができる。

浪岡城の特長
目的 浪岡北畠氏の居館、津軽地方の支配拠点、浪岡川流域の監視、一族・家臣団の居住空間、北日本の中世政治拠点
特長 浪岡北畠氏、北畠氏、浪岡御所、北畠顕義、大浦為信、浪岡川、正平津川、河岸段丘、平城、土塁、堀、二重堀、館、内館、北館、西館、東館、猿楽館、検校館、新館、続日本100名城
他の城との違い ・石垣や天守を持つ近世城郭ではなく、土塁と堀で守る中世城館である
・ひとつの本丸を中心にした城ではなく、複数の館が堀で区切られて並ぶ構造である
・北畠氏の格式を背景に、武家の城でありながら公家文化とのつながりも見られる
・発掘調査によって館跡、掘立柱建物跡、出土陶磁器などが確認され、北日本の中世城館を考えるうえで重要である
浪岡城の石垣・土塁
石垣 なし
土塁 現存
種類 土塁、堀、二重堀、郭、館、平城、河岸段丘の城、中世城館、居館群
石材 石垣を主体とする城郭ではないため、該当なし
特長 浪岡城は、石垣ではなく土塁と堀で守る中世城館である。城域は内館、西館、北館、東館、猿楽館、検校館、新館など複数の館で構成され、それぞれが堀で区切られていた。青森市の説明では、幅20m、深さ5mほどの二重堀などによって8つの館が扇のように広がる構造が特徴とされる。堀の中の土塁は守りを強化する役割を持ち、土塁の上は通路としても使われ、城全体を迷路のようにしていたと考えられている。浪岡城では、石垣や天守ではなく、館ごとの区画、堀の幅、土塁の連なり、河岸段丘上の立地を見るのが自然である。
浪岡城DATA
別称 浪岡御所、北畠城
所在地 青森県青森市
築城 15世紀後半、浪岡北畠氏4代顕義のころとされる。日本城郭協会では1460年代推定としている
築城者 浪岡北畠氏。築城者は明確ではないが、北畠顕義のころに整備されたとされる
住所 青森県青森市浪岡大字浪岡
電話番号 0172-62-1020(青森市中世の館)
開館時間 城跡は通年見学可能。冬季は降雪のため一部エリアのみ見学可能。青森市中世の館は9時~17時、浪岡城跡案内所は9時~16時
休館日 城跡は見学自由。青森市中世の館は月曜日、月曜日が祝日の場合は翌日、第3日曜日、年末年始12月28日~1月4日
入館料 城跡は無料。青森市中世の館の展示室観覧料は一般・大学生・18歳以上の各種学校生210円、高校生110円、中学生以下無料
備考 浪岡城は国指定史跡で、続日本100名城の103番に選定されている。日本城郭協会の一覧では、城地種類は平城、築城年代は1460年代推定、主要城主は浪岡北畠氏とされる。城跡の指定面積は約136,300平方メートルで、8つの館が扇形に広がる構造が特徴である。出土品は青森市中世の館で展示されており、浪岡城の全体像を理解するには、城跡と中世の館をあわせて見るのが分かりやすい。
浪岡城への交通アクセス
JR「浪岡」駅から徒歩約33分。

HISTORY 浪岡城について

浪岡城の歴史
14世紀 北畠氏は南北朝時代に奥州で活動した名門として知られ、浪岡北畠氏の由緒につながる
応永年間 浪岡北畠氏が津軽の浪岡周辺へ移ったと伝えられる
15世紀後半 浪岡北畠氏4代顕義のころ、浪岡城が築かれたとされる
室町時代後期 浪岡城は浪岡北畠氏の居城となり、津軽地方の有力な中世城館として発展する
戦国時代 浪岡北畠氏は「浪岡御所」とも呼ばれ、京都との交流を持つ格式ある勢力として存在した
戦国時代 城内には内館、北館、西館、東館、猿楽館、検校館、新館などの館が置かれ、一族や家臣団の居住空間が形成される
16世紀 出土陶磁器などから、浪岡城では中国製陶磁器を含む多様な品々が用いられていたことが分かる
1578年 大浦為信が浪岡城を攻め、浪岡城は落城する
戦国時代末期 浪岡北畠氏は没落し、浪岡城は城としての役割を失う
1940年 浪岡城跡が国の史跡に指定される
昭和時代後期 発掘調査が進められ、館跡、堀、土塁、掘立柱建物跡、陶磁器などが確認される
現在 史跡公園として整備され、土塁、堀、館跡を歩いて見学できる中世城館跡となっている
2017年 日本城郭協会により、浪岡城が続日本100名城のひとつに選定される

浪岡城、北畠氏が築いた八つの館からなる中世城館の名城

青森県青森市にある浪岡城は、南北朝時代の名将・北畠親房の子孫と伝わる浪岡北畠氏が本拠とした中世城館です。東西約940m、南北約245m、堀で区切られた8つの館(郭)が連なる独特の構造は、全国でも珍しい中世城館の姿を今に伝えています。平成29年(2017年)には「続日本100名城」にも選ばれました。現在は史跡公園として整備されています。

浪岡城
浪岡城の歴史
浪岡城が築かれたのは15世紀中頃で北畠顕義の代と考えられています。築城したのは浪岡北畠氏で、後醍醐天皇を支えた南朝方の公卿・北畠親房の子孫と伝えられる一族です。
浪岡北畠氏は陸奥国北部で勢力を築き、浪岡城を本拠として津軽地方を治めました。浪岡は津軽平野や外浜方面への交通の要衝で、城の近くにはそれらを結ぶ街道が通っていました。 最盛期の16世紀前半には京都との文化交流も盛んに行われ、寺院や庭園が築かれるなど、武家文化が花開きました。
しかし、戦国時代になると情勢は大きく変化します。天文年間(1532年~1555年)以降は一族内で対立が深まり、永禄5年(1562年)には家督争いである「川原御所の乱」が勃発。この内紛によって浪岡北畠氏は大きく弱体化しました。
その隙を突いたのが津軽地方で勢力を拡大していた大浦城主の大浦(後の津軽)為信です。天正6年(1578年)、為信の攻撃によって浪岡城は落城し、浪岡北畠氏は滅亡しました。その後、城は再び使われることなく廃城となり、長い間は農地として利用されることになります。
明治時代になると浪岡北畠氏顕彰の動きが起こり、城跡には石碑が建てられ、周囲には桜が植えられるようになりました。昭和15年(1940年)には青森県内で初めて国史跡に指定され、昭和52年(1977年)から本格的な発掘調査が始まると、多数の建物跡や堀、土塁、陶磁器などが発見されました。
平成10年(1998年)には史跡公園として一般公開され、現在に至ります。
浪岡城の見どころ① 全国でも珍しい八つの館からなる縄張
浪岡城最大の特徴は、八つの館(郭)が水堀や土塁で区切られている、という独特の縄張です。城内は内館、西館、北館、東館、新館、猿楽館、検校館、無名の館が配置され、それぞれが幅約20mの堀で隔てられていました。
敵が一気に城の中心部へ侵入できない構造となっており、中世城館ならではの防御システムの跡が確認できます。
城跡には案内所があるので、地図や資料を入手してから見学するとより理解が深まります。
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浪岡城の見どころ②二重・三重堀
浪岡城には二重堀と三重堀があり、堀の中央を掘り残した「中土塁」が設けられ、敵を周囲の館から狙い撃ちできるようになっていました。
当時の堀は現在の地表面よりさらに約2m深かったようで、敵が一度落ちると容易には登れない構造になっていました 。発掘調査からは、もとは水堀だったのではと推察されています。
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浪岡城の見どころ③内館跡と北館跡
城の中心部にあたるのが内館です。浪岡北畠氏の居館や政庁が置かれていたと考えられており、発掘調査からは建物跡や井戸などが確認されています。特に礎石の上に柱が建てられた「礎盤石建物跡」は城主が暮らした場所だと推定されています。
一方、北館は家臣たちの武家屋敷があったと想定されています。両館跡で実施した発掘調査では、掘から鋳型やるつぼなどの出土品が見つかっており、職人や工人の居住空間であったことが分かっています。
掘立柱建物の柱跡が分かるように復元されているので、当時の様子を思い描きながら眺めてみましょう。
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浪岡城の見どころ④青森市中世の館
近隣の青森市中世の館では、浪岡城跡の推定復元模型に加え、出土した武具類や生活用具などの遺物を見学できます。続日本100名城のスタンプ設置場所でもあるので、城跡見学と合わせて訪問しましょう。
なお、館の敷地内には江戸時代末期の建築物で青森県重宝に指定された 「旧坪田家住宅」があり、民具や農具が展示されています。貴重な建築物なので合わせて見学しましょう。
浪岡城のおすすめ撮影スポット
おすすめは内館から西館方面を望む二重堀です。堀と土塁、複数の館が一直線に並ぶ浪岡城ならではの景観を撮影できます。
また、春はさまざまな桜が周囲に広がります。初夏の緑豊かな芝生と土塁とのコントラストも美しいですよ。
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栗本 奈央子
執筆者 栗本 奈央子(ライター) 元旅行業界誌の記者です。子供のころから日本史・世界史問わず歴史が大好き。普段から寺社仏閣、特に神社巡りを楽しんでおり、歴史上の人物をテーマにした「聖地巡礼」をよくしています。好きな武将は石田三成、好きなお城は熊本城、好きなお城跡は萩城。合戦城跡や城跡の石垣を見ると心がときめきます。