勝瑞城とは、徳島県板野郡藍住町勝瑞にある中世城館跡である。室町時代後半に阿波国守護・細川氏が守護所を置いた地で、戦国時代には阿波の実権を握った三好氏の本拠となった。勝瑞は単なる城ではなく、守護町として政治・経済・文化が集まる中世阿波の中心地であった。天正10年(1582)、長宗我部元親の侵攻により勝瑞は落城し、三好氏の阿波支配は終焉を迎えた。現在は国指定史跡「勝瑞城館跡」として保存され、勝瑞館跡、勝瑞城跡、見性寺周辺などに、三好氏ゆかりの中世城館の姿をたどることができる。
| 目的 | 阿波守護所、三好氏の居城、中世阿波の政治・経済・文化の中心、守護町の中核 |
|---|---|
| 特長 | 細川氏、三好氏、三好長慶、三好義賢、三好長治、勝瑞館跡、勝瑞城跡、守護町、環濠、続日本100名城 |
| 他の城との違い | ・山城ではなく、阿波の守護町と一体となった平地の中世城館である ・阿波国守護細川氏、のち三好氏の本拠として、約240年にわたり阿波の中心地となった ・天守や高石垣を見せる城ではなく、発掘調査で確認された館跡、堀、庭園、出土品から中世都市の姿を読み解く城である |
| 石垣 | なし |
|---|---|
| 土塁 | 一部痕跡・復元整備あり |
| 種類 | 平城、城館、館跡、堀、環濠、土塁、庭園跡、守護町 |
| 石材 | 該当なし |
| 特長 | 勝瑞城は、石垣を主体とする近世城郭ではなく、堀や土塁、館、町場によって構成された中世の城館である。勝瑞城館跡では、三好氏の居館跡と推定される館跡が確認され、濠に囲まれた複数の区画で構成される館であったことが分かっている。発掘調査では庭園跡、礎石建物跡、井戸跡、土器・陶磁器などが確認されており、単なる軍事施設ではなく、政治・儀礼・生活の場を含む城館だった点が重要である。城郭ページでは、石垣ではなく、環濠、館跡、守護町勝瑞の広がりを中心に紹介するのが自然である。 |
| 別称 | 勝瑞城館跡、勝瑞館跡、守護町勝瑞遺跡 |
|---|---|
| 所在地 | 徳島県板野郡藍住町 |
| 築城 | 室町時代 |
| 築城者 | 阿波細川氏、三好氏により整備 |
| 住所 | 徳島県板野郡藍住町勝瑞字東勝地周辺 |
| 電話番号 | 088-641-3466 |
| 開館時間 | 勝瑞城館跡は見学自由。勝瑞現場事務所内の史跡勝瑞城館跡展示室は9時~17時 |
| 休館日 | 勝瑞城館跡はなし。史跡勝瑞城館跡展示室は12月29日~1月3日 |
| 入館料 | 無料 |
| 備考 | 勝瑞城館跡は国指定史跡で、続日本100名城にも選定されている。続日本100名城スタンプは、勝瑞現場事務所内の史跡勝瑞城館跡展示室と、武田石油に設置されている。勝瑞現場事務所の所在地は徳島県板野郡藍住町勝瑞字東勝地267-1。勝瑞城跡、勝瑞館跡、見性寺周辺をあわせて歩くと、三好氏の本拠であった守護町勝瑞の姿を理解しやすい。 |
| 室町時代後半 | 阿波国守護・細川氏が勝瑞に守護所を置き、勝瑞が阿波の政治中心となる |
|---|---|
| 室町時代後期 | 勝瑞が守護町として発展し、阿波の政治・経済・文化の中心地となる |
| 戦国時代 | 三好氏が阿波の実権を握り、勝瑞を本拠とする |
| 16世紀前半 | 三好元長・三好長慶らが勝瑞を拠点に畿内政治へ進出する |
| 戦国時代中期 | 三好氏の勢力拡大により、勝瑞は阿波だけでなく畿内政治とも深く関わる拠点となる |
| 1562年 | 三好義賢が久米田の戦いで討死し、阿波三好氏の勢力に変化が生じる |
| 1577年 | 三好長治が討たれ、阿波三好氏の支配が大きく揺らぐ |
| 1582年 | 長宗我部元親の侵攻により勝瑞が落城する |
| 江戸時代 | 徳島城下町の整備により、阿波の政治中心は徳島へ移る |
| 1994年 | 勝瑞城跡公園整備事業を契機に、勝瑞城館跡の発掘調査が始まる |
| 2001年 | 勝瑞城館跡が国の史跡に指定される |
| 2017年 | 続日本100名城に選定される |
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