- 琉球王国貿易で栄えた
- 琉球王国とは 琉球王国とは、1429年から1879年まで、現在の沖縄県に存在した王政の王国である。 沖縄本島の南山・北山・中山に分かれていた三山時代を経て、中山王の尚巴志が統一して成立した王国である。
浦添城とは、沖縄県浦添市仲間にある琉球王国時代のグスクである。首里城へ王宮が移る以前、中山を勢力下に置いた王統の拠点と考えられており、英祖王統や察度王統と深く関わる城跡である。城は標高約130〜140メートルの琉球石灰岩丘陵上に築かれ、北側は急崖、南側は緩やかな斜面となる要害の地に位置した。城跡北側の断崖中腹には、英祖王と尚寧王一族の墓と伝わる浦添ようどれがある。現在は浦添大公園として整備され、グスク、王陵、石畳道、沖縄戦の前田高地の記憶が重なる場所となっている。
| 目的 | 中山王の拠点、沖縄本島中部の支配拠点、王陵を伴う王権の中心、祭祀・軍事拠点 |
|---|---|
| 特長 | 英祖王統、察度王統、浦添ようどれ、琉球石灰岩、グスク、石畳道、前田高地、浦添大公園、浦添グスク・ようどれ館 |
| 他の城との違い | ・本土の近世城郭ではなく、琉球王国初期の王権と関わるグスクである ・首里城以前の中山王の拠点と考えられている ・グスク、王陵、琉球王国の記憶、沖縄戦の激戦地という複数の歴史が同じ丘陵上に重なる |
| 石垣 | 一部現存・復元整備 |
|---|---|
| 土塁 | なし |
| 種類 | 琉球石灰岩の城壁、石積み、曲輪、石畳道、王陵、グスク |
| 石材 | 琉球石灰岩など |
| 特長 | 浦添城は、琉球石灰岩の丘陵地形を利用して築かれたグスクである。文化遺産オンラインでは、城跡は字仲間から牧港へ伸びる琉球石灰岩丘陵の東端、標高130〜140メートルの要害にあり、規模は東西約380メートル、南北約60〜80メートルに及ぶと説明されている。城壁や石積みは、本土城郭の天守台や高石垣とは異なり、自然地形、王陵、祭祀空間、眺望を結びつけたグスクの構造として見るのが自然である。浦添ようどれ周辺の石造遺構や、首里へ向かう石畳道とあわせて見学すると、首里城以前の王都的性格を理解しやすい。 |
| 別称 | 浦添グスク、浦添城跡 |
|---|---|
| 所在地 | 沖縄県浦添市 |
| 築城 | 13世紀頃 |
| 築城者 | 不明。英祖王統・察度王統など中山王統との関わりが伝わる |
| 住所 | 沖縄県浦添市仲間周辺 |
| 電話番号 | 098-874-9345 |
| 開館時間 | 浦添城跡・浦添大公園は見学自由。浦添グスク・ようどれ館は9時~17時。浦添ようどれは9時~18時と案内されている |
| 休館日 | 浦添城跡・浦添大公園はなし。浦添グスク・ようどれ館は月曜日、12月28日~1月3日 |
| 観覧料 | 浦添城跡は無料。浦添グスク・ようどれ館は大人、高校生以上100円、小人、小・中学生50円。小学校就学前、市内在住の小中学生などは無料 |
| 備考 | 浦添城跡は国指定史跡である。浦添ようどれは国指定史跡「浦添城跡」内にある王陵で、13世紀に英祖王によって造られ、1620年に尚寧王によって改修されたとされる。浦添グスク・ようどれ館では、浦添グスクと浦添ようどれの歴史、発掘調査成果、実物大で再現された浦添ようどれ西室、英祖王陵を見学できる。ゆいレール「浦添前田」駅から徒歩約15分。 |
| 13世紀頃 | 浦添の琉球石灰岩丘陵上に、浦添グスクが築かれたと考えられる |
|---|---|
| 13世紀 | 浦添ようどれが英祖王によって造られたと伝わる |
| 13世紀~15世紀 | 浦添城が首里城へ王宮が移る以前の中山王の拠点として機能したと考えられる |
| 14世紀 | 浦添グスクが大規模なグスクへ発展する |
| 15世紀頃 | 王宮機能が首里へ移り、浦添城は次第に荒廃していく |
| 1609年 | 薩摩藩の琉球侵攻により、浦添城は戦火にあったとされる |
| 1617年 | 尚寧王が浦添城を修築して隠居したことが記録に残る |
| 1620年 | 尚寧王により浦添ようどれが改修されたとされる |
| 沖縄戦 | 浦添城跡周辺の前田高地が激戦地となり、グスクや浦添ようどれも大きな被害を受ける |
| 2005年 | 浦添ようどれが発掘調査成果をもとに修復・復元される |
浦添城と関連する事件を読む
| 王城 | 首里城 |
|---|---|
| 旧地域 | 琉球 |
| 主な国王 | 尚氏 |
沖縄県浦添市にある浦添城は、首里城へ王都が移される以前、琉球の政治・文化・外交の中心として栄えたグスクです。英祖王や察度王が居城としたと伝わり、13〜14世紀には琉球最大級の王城として発展しました。平成12年(2000年)には「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の構成資産として世界文化遺産に登録されています。