浦添城沖縄県浦添市

  • 首里城以前の中山王の拠点とされるグスク
  • 英祖王統・察度王統ゆかりの琉球王国初期の城跡
  • 浦添ようどれ、石畳道、前田高地の戦跡が重なる場所

浦添城とは、沖縄県浦添市仲間にある琉球王国時代のグスクである。首里城へ王宮が移る以前、中山を勢力下に置いた王統の拠点と考えられており、英祖王統や察度王統と深く関わる城跡である。城は標高約130〜140メートルの琉球石灰岩丘陵上に築かれ、北側は急崖、南側は緩やかな斜面となる要害の地に位置した。城跡北側の断崖中腹には、英祖王と尚寧王一族の墓と伝わる浦添ようどれがある。現在は浦添大公園として整備され、グスク、王陵、石畳道、沖縄戦の前田高地の記憶が重なる場所となっている。

浦添城の特長
目的 中山王の拠点、沖縄本島中部の支配拠点、王陵を伴う王権の中心、祭祀・軍事拠点
特長 英祖王統、察度王統、浦添ようどれ、琉球石灰岩、グスク、石畳道、前田高地、浦添大公園、浦添グスク・ようどれ館
他の城との違い ・本土の近世城郭ではなく、琉球王国初期の王権と関わるグスクである
・首里城以前の中山王の拠点と考えられている
・グスク、王陵、琉球王国の記憶、沖縄戦の激戦地という複数の歴史が同じ丘陵上に重なる
浦添城の石垣・土塁
石垣 一部現存・復元整備
土塁 なし
種類 琉球石灰岩の城壁、石積み、曲輪、石畳道、王陵、グスク
石材 琉球石灰岩など
特長 浦添城は、琉球石灰岩の丘陵地形を利用して築かれたグスクである。文化遺産オンラインでは、城跡は字仲間から牧港へ伸びる琉球石灰岩丘陵の東端、標高130〜140メートルの要害にあり、規模は東西約380メートル、南北約60〜80メートルに及ぶと説明されている。城壁や石積みは、本土城郭の天守台や高石垣とは異なり、自然地形、王陵、祭祀空間、眺望を結びつけたグスクの構造として見るのが自然である。浦添ようどれ周辺の石造遺構や、首里へ向かう石畳道とあわせて見学すると、首里城以前の王都的性格を理解しやすい。
浦添城DATA
別称 浦添グスク、浦添城跡
所在地 沖縄県浦添市
築城 13世紀頃
築城者 不明。英祖王統・察度王統など中山王統との関わりが伝わる
住所 沖縄県浦添市仲間周辺
電話番号 098-874-9345
開館時間 浦添城跡・浦添大公園は見学自由。浦添グスク・ようどれ館は9時~17時。浦添ようどれは9時~18時と案内されている
休館日 浦添城跡・浦添大公園はなし。浦添グスク・ようどれ館は月曜日、12月28日~1月3日
観覧料 浦添城跡は無料。浦添グスク・ようどれ館は大人、高校生以上100円、小人、小・中学生50円。小学校就学前、市内在住の小中学生などは無料
備考 浦添城跡は国指定史跡である。浦添ようどれは国指定史跡「浦添城跡」内にある王陵で、13世紀に英祖王によって造られ、1620年に尚寧王によって改修されたとされる。浦添グスク・ようどれ館では、浦添グスクと浦添ようどれの歴史、発掘調査成果、実物大で再現された浦添ようどれ西室、英祖王陵を見学できる。ゆいレール「浦添前田」駅から徒歩約15分。
浦添城への交通アクセス
那覇空港から車(一般道)で約40分。
浦添城のアクセス
沖縄の城は車やバスのアクセスが基本ですが、浦添城はゆいレールの「浦添前田駅」から徒歩約10分とアクセスが良好です。現在は一帯が「浦添大公園」として整備されており、見学しやすくなっています。

HISTORY 浦添城について

浦添城の歴史
13世紀頃 浦添の琉球石灰岩丘陵上に、浦添グスクが築かれたと考えられる
13世紀 浦添ようどれが英祖王によって造られたと伝わる
13世紀~15世紀 浦添城が首里城へ王宮が移る以前の中山王の拠点として機能したと考えられる
14世紀 浦添グスクが大規模なグスクへ発展する
15世紀頃 王宮機能が首里へ移り、浦添城は次第に荒廃していく
1609年 薩摩藩の琉球侵攻により、浦添城は戦火にあったとされる
1617年 尚寧王が浦添城を修築して隠居したことが記録に残る
1620年 尚寧王により浦添ようどれが改修されたとされる
沖縄戦 浦添城跡周辺の前田高地が激戦地となり、グスクや浦添ようどれも大きな被害を受ける
2005年 浦添ようどれが発掘調査成果をもとに修復・復元される

浦添城と関連する事件を読む

琉球侵攻薩摩・島津氏が琉球を支配下に
琉球侵攻とは 慶長14年(1609年)、薩摩藩主・島津忠恒が琉球王国を攻め、支配下に置いた事件である。 島津侵入事件、島津の琉球入り、琉球出兵などとも呼ばれる、薩摩藩による琉球王国への軍事侵攻である。

浦添城を居城とする、琉球王国の歴史

琉球王国貿易で栄えた
琉球王国とは 琉球王国とは、1429年から1879年まで、現在の沖縄県に存在した王政の王国である。 沖縄本島の南山・北山・中山に分かれていた三山時代を経て、中山王の尚巴志が統一して成立した王国である。
琉球王国DATA
王城 首里城
旧地域 琉球
主な国王 尚氏

浦添城、首里城以前に琉球王国の中心となった世界遺産のグスク

沖縄県浦添市にある浦添城は、首里城へ王都が移される以前、琉球の政治・文化・外交の中心として栄えたグスクです。英祖王や察度王が居城としたと伝わり、13〜14世紀には琉球最大級の王城として発展しました。平成12年(2000年)には「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の構成資産として世界文化遺産に登録されています。

浦添城
沖縄の「グスク」とは
沖縄の「グスク」は首里「城」のように「城」と表記されますが、正確には北海道や本州、四国・九州の城とは異なる存在です。グスクは丘陵地などに作られた野積みの石垣を持つ石造りの城塞であると同時に、いわゆる「御嶽」と呼ばれる拝所を備えた聖域でした。なお、沖縄本島以外の島では「スク」「シュク」など別の呼び方をされています。
グスクの起源については集落説、聖域説、地元の実力者の館説などさまざまです。多くのグスクは、沖縄本島で北山・中山・山南の三勢力が争った14世紀の「三山鼎立時代」に城塞として整備・発展したと考えられています。
浦添城の歴史
浦添城は伝承によれば、王宮が首里城に移される以前の舜天王統・英祖王統・察度王統の居城でした。築城時期は明らかになっていませんが、13世紀頃にはすでに有力なグスクとして存在していたと考えられています。グスクは英祖王が築いたという説のほか、それ以前からあった有力豪族の拠点を整備・拡張したという説があります。
王城として大きく発展したのは、14世紀後半から15世紀前半で、この頃には高麗系の瓦を用いた正殿が建てられ、石積みの城壁で囲まれた大規模な城になりました。周辺には王陵や寺院、屋敷や集落があり、現在の首里城の原型になったともされています。
特に14世紀後半の察度王の時代には、明へ使節を派遣し、朝貢貿易がスタートしました。これを契機に琉球は東アジア交易へ本格的に参加し、後の琉球王国繁栄の基礎が築かれました。
15世紀初頭になると、中山の尚巴志が北山・山南を次々と平定し、応永13年(1406年)には中山王・武寧の察度王朝を攻略。この頃拠点を首里に遷しました。その後、尚巴志は正長2年/永享元年(1429年)に三山を統一し、琉球王国最初の統一王朝を成立させています。
この頃には王都は首里へ移され、浦添城は王城としての役割を終えましたが、尚真王の長男・尚維衡が浦添城に居住し(浦添家)、天正17年(1589年)には4代目浦添家の尚寧が琉球王に即位しており、慶長2年(1597年)には首里城から浦添城までの道が整備されています。
旧都として存在感を出し続けた浦添城ですが、慶長14年(1609年)、薩摩藩による琉球侵攻で焼き討ちにあい、被害を受けました。昭和20年(1945年)の第二次世界大戦下の沖縄戦では一帯が激戦地となり、戦後の採石もあり、多くの石垣や遺構が失われました。
戦後の発掘調査では、中国製陶磁器や建物跡、石畳などが発見され、中世琉球を代表する王城であったことが改めて確認されています。平成17年(2005年)に浦添ようどれ(王陵)の復元整備が完了。現在もグスクの発掘作業と復元整備・保存活動が続けられています。
浦添城の見どころ①壮大な城壁と石畳道
浦添城は標高約130mの琉球石灰岩の丘陵に築かれた城で、東西約380m、南北約60〜80mの規模を誇ります。丘陵の地形に沿って琉球石灰岩による布積みの石垣が築かれており、発掘の成果をもとに美しく復元された様子は、王都時代の威容を今に伝えます。
また、城内には発掘調査で発見された、尚寧王が整備した石畳道が復元されており、見どころの一つです。
浦添城の見どころ1 浦添城の見どころ2 浦添城の見どころ3
浦添城の見どころ②王家の陵墓「浦添ようどれ」
浦添城跡に隣接する「浦添ようどれ」は、沖縄を代表する王陵のひとつで、岩壁を掘り削って作られています。「ようどれ」とは、夕方に波風が静まる様子を表す言葉で、転じて「墓」を意味するようになったとされています。
浦添ようどれは13世紀後半に英祖王が築いたと言われており、元和6年(1620年)に尚寧王が改修し、自らも眠っています。左右の石室に分かれており、向かって右が英祖王、左側が尚寧王だとされています。第二次世界大戦中に壊滅的な被害を受けましたが、平成17年(2005年)に復元されました。
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浦添城の見どころ③浦添グスク・ようどれ館
遺跡と合わせて訪問したいのが「浦添グスク・ようどれ館」です。浦添城と浦添ようどれの発掘調査での出土品や、戦前の様子が分かるパネル展示などを見学できます。
大きな見どころとなっているのが、浦添ようどれの英祖王陵内部の実物大の復元展示です。県指定文化財の石厨子のレプリカが見学でき、仏像や花などの美しい彫刻を堪能できます。
浦添城のおすすめ撮影スポット
浦添城や浦添ようどれの復元された城壁はグスクらしい写真が撮影できるフォトスポットとして人気です。グスクの内部からは那覇の街や東シナ海方面を望むパノラマを楽しむことができ、沖縄らしい海と空、そして石垣を一枚に収められる絶好の撮影スポットです。展望台からは沖縄本島が一望できますよ。
浦添城の見どころ7 浦添城の見どころ8 浦添城の見どころ9
栗本 奈央子
執筆者 栗本 奈央子(ライター) 元旅行業界誌の記者です。子供のころから日本史・世界史問わず歴史が大好き。普段から寺社仏閣、特に神社巡りを楽しんでおり、歴史上の人物をテーマにした「聖地巡礼」をよくしています。好きな武将は石田三成、好きなお城は熊本城、好きなお城跡は萩城。合戦城跡や城跡の石垣を見ると心がときめきます。