今帰仁城とは、沖縄県国頭郡今帰仁村にある琉球王国時代のグスクである。琉球が北山・中山・南山に分かれていた三山時代、沖縄本島北部を治めた北山王の居城として栄えた。標高約100メートルの石灰岩丘陵上に築かれ、地形に沿って曲線を描く長大な城壁をめぐらせている。1416年、中山王・尚巴志によって北山王攀安知が滅ぼされると、今帰仁城は北山監守の居城となった。現在は世界文化遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の構成資産として保存され、城壁、御内原、大庭、志慶真門郭、御嶽、今帰仁村歴史文化センターをあわせて見学できる。
| 目的 | 北山王の居城、沖縄本島北部の支配拠点、海上交通・交易の監視、祭祀空間 |
|---|---|
| 特長 | 北山王、北山城、グスク、世界遺産、琉球石灰岩、野面積み、御内原、大庭、志慶真門郭、御嶽、寒緋桜 |
| 他の城との違い | ・本土の近世城郭ではなく、琉球王国成立前の北山王のグスクである ・総長約1.5キロメートルの城壁が、地形に沿って曲線的にめぐる ・軍事拠点であると同時に、御嶽を含む祭祀空間としての性格を持つ |
| 石垣 | 現存・復元整備 |
|---|---|
| 土塁 | なし |
| 種類 | 琉球石灰岩の城壁、野面積み、曲輪、石段、城門跡、御嶽、グスク |
| 石材 | 琉球石灰岩、古期石灰岩など |
| 特長 | 今帰仁城の城壁は、琉球石灰岩を用いた野面積みによって築かれている。総長約1,500メートルに及ぶ城壁は、丘陵地形を巧みに利用しながら屏風状に連なり、本土城郭の直線的な高石垣とは異なる曲線美を見せる。城内には大庭、御内原、志慶真門郭などの郭があり、石積みの城壁、石段、門跡、御嶽が一体となってグスクの空間を形成している。今帰仁城の石垣は、単なる防御施設ではなく、北山王の権威、祭祀、眺望、自然地形を結びつけた城壁として見るのが自然である。 |
| 別称 | 北山城、今帰仁グスク |
|---|---|
| 所在地 | 沖縄県国頭郡今帰仁村 |
| 築城 | 13世紀末頃に始まり、14世紀前半から15世紀初期に整備されたと考えられる |
| 築城者 | 不明。三山時代には北山王の居城となる |
| 住所 | 沖縄県国頭郡今帰仁村字今泊5101 |
| 電話番号 | 0980-56-4400 |
| 開館時間 | 8時~18時。最終入場は17時30分。5月~8月は8時~19時、最終入場は18時30分 |
| 休館日 | 年中無休 |
| 観覧料 | 大人1,000円、中高生500円、小学生以下無料。団体は大人800円、中高生400円 |
| 備考 | 今帰仁城跡は国指定史跡で、世界文化遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の構成資産である。日本100名城にも選定されている。観覧料は令和7年(2025)9月1日から改定され、今帰仁村歴史文化センターは無料開放となっている。城跡内は石段が続くため、歩きやすい靴での見学が望ましい。駐車場は無料で、約320台分が用意されている。 |
| 13世紀末頃 | 今帰仁城の築城が始まったと考えられる |
|---|---|
| 14世紀前半~15世紀初期 | 北山王の居城として、現在に近い城郭構造へ整備されたと考えられる |
| 三山時代 | 今帰仁城が沖縄本島北部を治める北山王の本拠となる |
| 1416年 | 中山王・尚巴志が北山王攀安知を攻め、北山王国が滅ぼされる |
| 1416年以降 | 今帰仁城には首里王府から北山監守が派遣され、北部支配の拠点となる |
| 1665年 | 北山監守制度が廃止される |
| 1609年 | 薩摩藩の琉球侵攻により、今帰仁城周辺も戦火に巻き込まれたと伝わる |
| 1972年 | 今帰仁城跡が国の史跡に指定される |
| 2000年 | 世界文化遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の構成資産として登録される |
| 2006年 | 日本100名城に選定される |
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沖縄県国頭郡今帰仁村にある「今帰仁城」は、首里城とともに沖縄本島のグスク(城)の代表格ともいえる存在です。首里城、中城城とともに100名城に選ばれており、2000年には「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界文化遺産に登録されました。