吉野ヶ里遺跡佐賀県神埼郡

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  • 弥生時代の「クニ」の姿を伝える大規模環濠集落
  • 壕・柵・物見櫓で守られた城郭以前の防御拠点
  • 北内郭・南内郭・墳丘墓から支配層の存在が見える特別史跡

吉野ヶ里遺跡とは、佐賀県神埼郡吉野ヶ里町と神埼市にまたがる弥生時代の大規模環濠集落跡である。弥生時代前期から後期にかけて発展した集落で、壕、柵、物見櫓、竪穴住居、高床倉庫、祭殿、墳丘墓などが確認されている。南北約1km、東西約600m、約40haに及ぶ規模を持ち、弥生時代における有力首長層の成長や「クニ」の形成を考える上で重要な遺跡である。現在は吉野ヶ里歴史公園として整備され、南内郭、北内郭、北墳丘墓などで、弥生時代の防御、祭祀、政治、生活の姿を立体的に見ることができる。城ではないが、日本100名城にも選定されており、城郭以前の防御集落として見ると理解しやすい。

吉野ヶ里遺跡の特長
目的 弥生時代の集落、防御拠点、祭祀・政治の中心、有力首長層の居住・儀礼空間、周辺地域を統合する「クニ」の中枢
特長 弥生時代、環濠集落、特別史跡、北内郭、南内郭、北墳丘墓、物見櫓、柵、壕、竪穴住居、高床倉庫、甕棺墓、日本100名城、吉野ヶ里歴史公園
他の城との違い ・中世や近世の城ではなく、弥生時代の大規模環濠集落である
・石垣や天守ではなく、壕、柵、物見櫓、門、集落配置によって防御性を持つ
・北内郭や南内郭など、支配層の居住・祭祀・政治空間と考えられる区画がある
・城郭以前の防御拠点として、日本100名城に選定されている
吉野ヶ里遺跡の石垣・土塁
石垣 なし
土塁 土塁状の防御施設、壕、柵、逆茂木などを復元展示
種類 環濠集落、壕、柵、物見櫓、門、逆茂木、竪穴住居、高床倉庫、墳丘墓、弥生時代の防御集落
石材 石垣を主体とする城郭ではないため、該当なし
特長 吉野ヶ里遺跡は、石垣で守る城ではなく、集落の周囲に壕をめぐらせ、柵や物見櫓を備えた環濠集落である。南内郭には物見櫓4棟、竪穴住居11棟などが復元され、支配者層が生活していた場所と考えられている。北内郭は二重の環濠に囲まれ、大型の掘立柱建物などが確認されており、祭祀や政治に関わる特別な空間と考えられる。吉野ヶ里遺跡では、石垣や天守ではなく、壕、柵、門、物見櫓、集落全体の配置から、城郭以前の防御と支配の仕組みを見るのが自然である。
吉野ヶ里遺跡DATA
別称 特になし
所在地 佐賀県神埼郡吉野ヶ里町、神埼市
築城 築城ではなく、弥生時代前期から後期にかけて形成・発展した環濠集落
築城者 特定の築城者なし。弥生時代の集落共同体、有力首長層によって形成されたと考えられる
住所 佐賀県神埼郡吉野ヶ里町田手1843
電話番号 0952-55-9333
開館時間 4月1日~5月31日、9月1日~3月31日は9時~17時。6月1日~8月31日は9時~18時
休館日 12月31日、1月の第3月曜日とその翌日
入館料 大人460円、中学生以下無料
備考 吉野ヶ里遺跡は国の特別史跡で、日本100名城の88番に選定されている。城ではないが、環濠、柵、物見櫓、門などを備えた弥生時代の防御集落として、城郭の原点を考える上で重要な遺跡である。現在は吉野ヶ里歴史公園として整備され、南内郭、北内郭、北墳丘墓、展示室などを見学できる。日本100名城スタンプは吉野ヶ里歴史公園東口に設置されている。
吉野ヶ里遺跡への交通アクセス
JR「吉野ケ里公園」駅 徒歩約12分

HISTORY 吉野ヶ里遺跡について

吉野ヶ里遺跡の歴史
弥生時代前期 吉野ヶ里丘陵一帯で集落が形成され始める
弥生時代中期 集落の規模が拡大し、環濠を備えた大規模な集落へ発展する
弥生時代中期 甕棺墓や墳丘墓が形成され、有力者層の存在がうかがえるようになる
弥生時代後期 北内郭、南内郭などの特別な区画が整い、祭祀・政治・防御の機能を持つ集落となる
弥生時代後期 物見櫓、柵、壕、門などを備えた防御性の高い環濠集落として発展する
古墳時代以降 弥生時代の大規模集落としての役割を終え、遺構は地中に残される
1980年代 工業団地造成に伴う発掘調査により、大規模な弥生時代の環濠集落跡であることが明らかになる
1989年 吉野ヶ里遺跡の発見が全国的に大きく注目される
1990年 吉野ヶ里遺跡が国の史跡に指定される
1991年 吉野ヶ里遺跡が国の特別史跡に指定される
2001年 吉野ヶ里歴史公園が開園する
2006年 日本城郭協会により、吉野ヶ里遺跡が日本100名城のひとつに選定される