猿田彦神社とは、三重県伊勢市宇治浦田にある神社である。主祭神は猿田彦大神で、大田命を配祀する。猿田彦大神は、天孫降臨の際に瓊瓊杵尊を高千穂へ導いた神として『古事記』『日本書紀』に登場し、物事を良い方向へ導く「みちひらき」の神として信仰されている。猿田彦大神は天孫を導いた後、天宇受売命とともに本拠地である伊勢の狭長田、五十鈴の川上へ戻り、この地をはじめ全国の開拓にあたったと伝わる。猿田彦神社は、猿田彦大神の直系の子孫とされる宇治土公家が祖神を祀ってきたことに始まる神社である。宇治土公家の祖である大田命は、倭姫命の巡幸に際して五十鈴川上の霊地を示し、皇大神宮、すなわち伊勢神宮内宮の鎮座に関わったと伝えられている。境内には本殿のほか、天宇受売命を祀る佐瑠女神社、昔の御神座を示す方位石、御神田、本居宣長歌碑などがある。内宮から徒歩圏にあり、伊勢参りとあわせて、道を開く神への信仰を感じられる神社である。
| 目的 | 猿田彦大神への信仰、みちひらき、方位除け、交通安全、事業繁栄、開運招福、家内安全、身体健全、良縁祈願、芸能上達、人生の節目の祈願 |
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| 特長 | 猿田彦神社、猿田彦大神、大田命、宇治土公家、みちひらき、啓行、天孫降臨、瓊瓊杵尊、天宇受売命、佐瑠女神社、伊勢の狭長田、五十鈴の川上、倭姫命、皇大神宮、内宮、方位石、古殿地、御神田、御田祭、本居宣長歌碑、みちひらき大神輿、さだひこ造り |
| 他の神社との違い | ・天孫降臨を導いた猿田彦大神を祀り、物事を良い方向へ導く「みちひらき」の神社として信仰されている ・猿田彦大神の裔とされる宇治土公家が代々宮司を務め、伊勢神宮内宮の鎮座伝承とも深く結びつく ・境内社の佐瑠女神社には天宇受売命が祀られ、芸能上達、縁結び、鎮魂の神として崇敬されている ・方位石は昭和11年の御造営まで御神座があった古殿地を示し、八角形の形に猿田彦大神のみちひらきの御神徳が表されている ・内宮、おはらい町、月読宮、宇治橋とあわせて巡ると、伊勢における神話と神宮鎮座の流れを理解しやすい |
| 別称 | みちひらきの大神、猿田彦さん |
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| 所在地 | 三重県伊勢市 |
| 創建 | 創祭年代は不詳。宇治土公家が祖神である猿田彦大神と大田命を祀ってきたことに始まるとされる |
| 現在地への鎮座 | 延宝5年(1677)12月。宇治土公定彦神主の代に、参詣者の増加を受けて現在地に祀られたと伝わる |
| 主祭神 | 猿田彦大神 |
| 配祀神 | 大田命 |
| 主な関係者 | 猿田彦大神、天宇受売命、大田命、倭姫命、宇治土公家、本居宣長 |
| 境内社 | 佐瑠女神社。天宇受売命を祀り、俳優、神楽、技芸、鎮魂の祖神として信仰される |
| 主な見どころ | 本殿、佐瑠女神社、方位石、御神田、本居宣長歌碑、みちひらき大神輿、伊藤小坡美術館 |
| 住所 | 三重県伊勢市宇治浦田2-1-10 |
| 電話番号 | 0596-22-2554 |
| 参拝時間 | 境内参拝自由 |
| 御祈祷受付 | 8時30分~17時。神楽は16時まで。祭典や結婚式などにより一時停止の場合あり |
| 電話対応時間 | 8時30分~12時、13時~17時 |
| 休館日 | 境内参拝はなし。伊藤小坡美術館など施設は別途確認が必要 |
| 拝観料 | 境内参拝無料 |
| 備考 | 猿田彦神社は、伊勢神宮内宮に近い場所に鎮座する「みちひらき」の神社である。猿田彦大神は、天孫降臨に際して瓊瓊杵尊を導いた神であり、人生や事業、学業、旅、方位を良い方向へ導く神として信仰されている。宇治土公家の祖である大田命は、倭姫命に五十鈴川上の霊地を示し、皇大神宮の鎮座に関わったと伝わる。境内社の佐瑠女神社は天宇受売命を祀り、芸能上達や縁結びの信仰で知られる。毎年5月5日の御田祭は、豊作を祈って早苗を植える祭りで、三重県の無形民俗文化財に指定されている。内宮、おはらい町、おかげ横丁、月読宮とあわせて巡りやすい。 |
| 神代 | 猿田彦大神は、天孫降臨の際に高天原から降る瓊瓊杵尊を日向の高千穂へ導いた神として伝わる |
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| 神代 | 猿田彦大神は天孫を導いた後、天宇受売命とともに伊勢の狭長田、五十鈴の川上へ戻り、この地をはじめ全国の開拓にあたったと伝わる |
| 垂仁天皇の御代 | 倭姫命が天照大御神を祀る地を求めて巡行した際、猿田彦大神の裔で宇治土公家の祖とされる大田命が、五十鈴川上の霊地を示したと伝わる |
| 垂仁天皇の御代 | 大田命が示した五十鈴川上の地に、皇大神宮、すなわち伊勢神宮内宮が鎮座したとされる |
| 古代 | 宇治土公家は、神宮において玉串大内人という特別な職を務め、式年遷宮の心御柱や御船代の奉仕など重要な役割を担った |
| 古代 | 宇治土公家は邸内で祖神である猿田彦大神と大田命を祀り、祖神祭祀を続けたとされる |
| 804年 | 延暦23年、『皇太神宮儀式帳』が神祇官に提出される。倭姫命に五十鈴川上の地を示した大田命の伝承が記される |
| 中世以前 | 建久年間までは、現在地に近い中村町興玉の森で祀られていたと伝わる |
| 中世 | 宇治土公家は神宮に奉仕しながら、邸内で祖神祭祀を続ける。門前には参拝者や供え物が絶えなかったとされる |
| 1677年 | 延宝5年12月、参詣者の増加を受け、宇治土公定彦神主の代に現在地へ祀られたと伝わる |
| 1799年 | 寛政11年、本居宣長が参宮の際に宇治土公家に逗留し、当主の定津神主に歌を贈る。現在、境内には本居宣長歌碑がある |
| 1867年 | 慶応3年5月、社殿が火災に遭う |
| 1878年 | 明治11年8月、社殿再建の工事が始まり、本殿が竣工する |
| 明治時代 | 近代の神社制度のもとで、宇治土公家の祖神祭祀は猿田彦神社として整えられていく |
| 1936年 | 昭和11年、御造営が行われ、本殿遷座祭が斎行される。この時まで御神座があった古殿地には、現在、方位石が置かれている |
| 昭和初期 | 御本殿と同じく「さだひこ造り」のみちひらき大神輿が整えられる |
| 1974年 | 昭和49年、御造営が行われ、本殿遷座祭が斎行される |
| 現代 | 境内社の佐瑠女神社は、天宇受売命を祀る神社として、芸能上達、縁結び、鎮魂の信仰を集める |
| 現代 | 御神田では毎年5月5日に御田祭が行われ、豊作を祈る田植えの神事が伊勢の風物詩として受け継がれている |
| 現在 | 猿田彦神社は、伊勢神宮内宮近くに鎮座する「みちひらき」の神社として、人生、仕事、学業、旅、方位を良い方向へ導く神を信仰する多くの参拝者を集めている |