伊勢神宮 外宮三重県伊勢市

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冬の伊勢神宮 外宮1 冬の伊勢神宮 外宮2 冬の伊勢神宮 外宮3 冬の伊勢神宮 外宮4 冬の伊勢神宮 外宮5
  • 豊受大御神を祀る、神宮の二つの御正宮の一つ
  • 天照大御神の食事を司る御饌都神を祀る、衣食住と産業の守り神
  • 正宮、多賀宮、土宮、風宮、せんぐう館で知られる「外宮先祭」のお宮

伊勢神宮 外宮とは、三重県伊勢市豊川町にある神社である。正式には豊受大神宮といい、天照大御神の御饌都神である豊受大御神を祀る。御饌都神とは神々の食事を司る神のことで、外宮では食物をはじめ、衣食住、産業、日々の暮らしを支える神として崇敬されてきた。社伝では、雄略天皇の御代、天照大御神が天皇の夢に現れ、丹波国の比治の真名井にいる御饌都神を伊勢へ迎えるよう告げたことにより、雄略天皇22年(478)に豊受大御神が度会の山田原、現在の外宮の地へ迎えられたとされる。外宮の正宮では豊受大御神を祀り、御垣内の御饌殿では朝と夕の二度、天照大御神をはじめ神々に食事を奉る日別朝夕大御饌祭が続けられている。神宮の祭典は「外宮先祭」といい、内宮に先立って外宮で祭儀を行うならわしがある。参拝も古くから外宮から内宮の順に参るのが習わしとされる。境内には正宮のほか、豊受大御神の荒御魂を祀る多賀宮、土地の神を祀る土宮、風雨を司る神を祀る風宮が鎮座し、まがたま池のほとりには式年遷宮を伝えるせんぐう館がある。外宮は、神々への食事、暮らしの恵み、産業の根を支える神宮の重要なお宮である。

伊勢神宮 外宮の特長
目的 豊受大御神への感謝と崇敬、天照大御神の御饌都神への祭祀、衣食住の守護、産業繁栄、五穀豊穣、日々の暮らしへの感謝、神宮祭祀の外宮先祭、伊勢参宮の起点
特長 伊勢神宮、神宮、外宮、豊受大神宮、豊受大御神、御饌都神、丹波国、比治の真名井、雄略天皇、山田原、日別朝夕大御饌祭、外宮先祭、正宮、多賀宮、土宮、風宮、月夜見宮、火除橋、手水舎、三ツ石、亀石、清盛楠、御厩、まがたま池、せんぐう館、式年遷宮
他の神社との違い ・正式名称は「豊受大神宮」で、一般には伊勢神宮の外宮として知られる
・天照大御神を祀る内宮に対し、外宮は天照大御神の御食事を司る豊受大御神を祀る
・神宮の祭典では「外宮先祭」のならわしがあり、内宮に先立って外宮で祭儀が行われる
・御垣内の御饌殿では、朝夕二度、神々に食事を奉る日別朝夕大御饌祭が続けられている
・伊勢市駅から徒歩圏にあり、外宮参拝、せんぐう館、月夜見宮、外宮参道をあわせて巡ることで、伊勢参宮の入口としての役割を理解しやすい
伊勢神宮 外宮DATA
別称 豊受大神宮、外宮、お伊勢さん
正式名称 豊受大神宮
所在地 三重県伊勢市
御鎮座 雄略天皇22年(478)。天照大御神の御神託により、丹波国の比治の真名井に坐す豊受大御神を、度会の山田原へ迎えたことに始まるとされる
創祀者 雄略天皇
祭神 豊受大御神
神格 天照大御神の御饌都神。食物、衣食住、産業を司る神として崇敬される
主な別宮 多賀宮、土宮、風宮。域外の別宮として月夜見宮がある
主な宮社 正宮、多賀宮、土宮、風宮、四至神、下御井神社
主な見どころ 火除橋、手水舎、正宮、多賀宮、土宮、風宮、三ツ石、亀石、清盛楠、御厩、まがたま池、せんぐう館、外宮神楽殿
社殿様式 唯一神明造。内宮と同じく、神宮式年遷宮により社殿と御装束神宝が新しくされる
住所 三重県伊勢市豊川町279
電話番号 0596-24-1111(神宮司庁)
参拝時間 1月・2月・3月・4月・9月は5時~18時。5月・6月・7月・8月は5時~19時。10月・11月・12月は5時~17時。正月期間は変更あり
御祈祷・授与 外宮神楽殿で御神楽・御饌の御祈祷、お神札・お守りの授与、御朱印の受付を行う
休館日 境内参拝はなし。せんぐう館は休館日あり
拝観料 境内参拝無料。せんぐう館は別途入館料が必要
備考 伊勢神宮 外宮は、豊受大御神を祀る豊受大神宮であり、内宮の皇大神宮とともに「神宮」を構成する二つの御正宮の一つである。豊受大御神は天照大御神の御饌都神として、神々の食事を司る神であり、衣食住や産業の守り神としても信仰されている。神宮の祭典は「外宮先祭」といい、内宮に先立って外宮で祭儀が行われるため、参拝も外宮から内宮の順に行うのが古くからの習わしである。境内には正宮のほか、豊受大御神の荒御魂を祀る多賀宮、外宮の土地の神を祀る土宮、風雨を司る神を祀る風宮がある。まがたま池のほとりには、神宮式年遷宮を紹介するせんぐう館があり、外宮参拝とあわせて見ると、神宮祭祀と式年遷宮の意味を理解しやすい。外宮は伊勢市駅から近く、外宮参道、月夜見宮、河崎の町並みとあわせて巡りやすい。
伊勢神宮 外宮への交通アクセス
近鉄山田線・参宮線「伊勢市」駅から徒歩約7分。

HISTORY 伊勢神宮 外宮について

伊勢神宮 外宮の歴史
内宮御鎮座後 皇大神宮、すなわち内宮に天照大御神が鎮座した後、天照大御神の御食事を司る御饌都神を迎える必要があるとされた
雄略天皇の御代 天照大御神が雄略天皇の夢に現れ、丹波国の比治の真名井に坐す御饌都神、豊受大御神を伊勢へ迎えるよう告げたと伝わる
478年 雄略天皇22年、豊受大御神が丹波国から伊勢国度会の山田原へ迎えられ、豊受大神宮、すなわち外宮が御鎮座したとされる
御鎮座以降 外宮では、天照大御神をはじめ神々に朝夕二度の食事を奉る日別朝夕大御饌祭が始まり、現在まで続く神宮の重要な祭祀となる
古代 豊受大神宮は皇大神宮とともに二所大神宮と称され、神宮祭祀を支える重要なお宮として位置づけられる
690年 持統天皇4年、第1回の神宮式年遷宮が行われる。以後、20年に一度、神宮の社殿と御装束神宝を新しくする制度が継承されていく
804年 延暦23年、『止由気宮儀式帳』が神祇官へ提出される。外宮の祭儀や鎮座の由来を伝える重要な神宮資料となる
平安時代 外宮は天照大御神の御饌都神を祀る宮として、朝廷祭祀の中で重要な役割を担う
平安時代 神宮領や御厨の広がりとともに、伊勢信仰は全国へ広がっていく
鎌倉時代 武家や庶民の伊勢参宮が広がり、外宮と内宮を参拝する神宮信仰が定着していく
鎌倉時代 御師の活動により、神宮大麻や伊勢信仰が各地へ広まり、参宮者の案内や宿泊が整えられる
室町時代 戦乱の中でも外宮の祭祀は守られ、伊勢信仰は武家や庶民に広く受け入れられる
戦国時代 長く続く戦乱により式年遷宮の実施が困難になる時期もあったが、外宮の祭祀と信仰は継承される
江戸時代初期 街道や宿場の整備により、全国から伊勢を目指す参宮の旅が盛んになる
江戸時代 御師の活動や伊勢講の広がりにより、外宮から内宮へ参る神宮参拝が庶民の旅文化として定着する
江戸時代 「一生に一度はお伊勢参り」といわれるほど伊勢参宮が広がり、外宮の門前町である山田の町も参拝者で賑わう
1705年 宝永2年、全国的な伊勢参宮の高まりが起こり、のちに「おかげ参り」と呼ばれる群参現象の一つとなる
1771年 明和8年、大規模なおかげ参りが起こり、多くの人々が外宮・内宮を目指して伊勢へ向かう
1830年 文政13年、文政のおかげ参りが起こり、伊勢参宮は江戸時代の庶民信仰と旅文化を象徴する現象となる
明治時代 御師制度が廃止され、近代国家の神社制度の中で、外宮は神宮を構成する豊受大神宮として位置づけられる
明治時代 鉄道や道路の整備により、全国から外宮・内宮へ参拝しやすくなる
1946年 戦後の制度変更を経ながらも、外宮は豊受大御神を祀る神宮の御正宮として崇敬され続ける
1953年 昭和28年、第59回神宮式年遷宮が行われる
1973年 昭和48年、第60回神宮式年遷宮が行われる
1993年 平成5年、第61回神宮式年遷宮が行われる
2012年 平成24年、外宮のまがたま池のほとりに、神宮式年遷宮を紹介するせんぐう館が開館する
2013年 平成25年、第62回神宮式年遷宮が行われる。外宮では新しい正殿へ豊受大御神がお遷りになる遷御の儀が斎行される
2025年 令和7年、第63回神宮式年遷宮に向けた諸祭・諸行事が始まる
現在 伊勢神宮 外宮は、豊受大御神を祀る豊受大神宮として、神々への食事、衣食住、産業、日々の暮らしへの感謝を象徴する神宮の重要なお宮となっている

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