長谷寺神奈川県鎌倉市

春の長谷寺1 春の長谷寺2 春の長谷寺3 春の長谷寺4
  • 天平8年(736)開創と伝わる鎌倉有数の古刹
  • 日本最大級の木彫仏・十一面観世音菩薩像を本尊とする観音霊場
  • 四季の花、あじさい、由比ヶ浜の眺望で知られる「鎌倉の西方極楽浄土」

長谷寺とは、神奈川県鎌倉市長谷にある寺院である。正式には海光山慈照院長谷寺と号し、「長谷観音」の名で親しまれている。開創は奈良時代の天平8年(736)と伝わり、聖武天皇の治世下に勅願所と定められた鎌倉有数の古刹である。本尊は十一面観世音菩薩像で、像高9.18mを誇る日本最大級の木彫仏として知られる。伝承では、養老5年(721)に徳道上人が一本の楠から二体の十一面観音像を造り、一体を大和長谷寺に安置し、もう一体を衆生済度の願いを込めて海へ流した。その観音像が相模国長井浦に漂着し、鎌倉に迎えられたことが、鎌倉長谷寺の始まりとされる。境内は観音山の裾野から中腹に広がり、観音堂、阿弥陀堂、大黒堂、弁天堂、経蔵、観音ミュージアム、海光テラスなどが配される。春の桜、梅雨のあじさい、秋の紅葉など四季の花が絶えず、相模湾や由比ヶ浜を望む景勝地としても知られる。

長谷寺の特長
目的 十一面観世音菩薩への信仰、坂東三十三所観音霊場第四番札所としての巡礼、心願成就、厄除、良縁祈願、写経・写仏による修行、鎌倉における観音信仰と花の寺の景観継承
特長 長谷寺、海光山、慈照院、長谷観音、十一面観世音菩薩、徳道上人、藤原房前、聖武天皇、勅願所、坂東三十三所観音霊場第四番、鎌倉三十三観音霊場第四番、観音堂、阿弥陀堂、大黒堂、弁天堂、弁天窟、経蔵、輪蔵、観音ミュージアム、海光テラス、眺望散策路、あじさい、鎌倉の西方極楽浄土
他の寺院との違い ・本尊の十一面観世音菩薩像は像高9.18mを誇る日本最大級の木彫仏であり、鎌倉を代表する観音信仰の象徴である
・奈良の長谷寺と結びつく「一木二体」の伝承を持ち、大和と鎌倉の観音信仰をつなぐ寺院である
・坂東三十三所観音霊場第四番札所として、古くから巡礼者を集めてきた
・観音山の斜面を利用した境内から、由比ヶ浜、鎌倉の街並み、相模湾を望むことができる
・あじさいをはじめ四季の花が多く、信仰、眺望、花の景観が一体となった「花の寺」として親しまれている
長谷寺DATA
別称 長谷観音、鎌倉長谷寺
正式名称 海光山慈照院長谷寺
所在地 神奈川県鎌倉市
開創 天平8年(736)と伝わる。聖武天皇の治世下に勅願所と定められた鎌倉有数の古刹である
本尊造立 養老5年(721)と伝わる。徳道上人が一本の楠から二体の十一面観音像を造立し、その一体が鎌倉長谷寺の本尊になったとされる
開山 徳道上人
開基 藤原房前
宗派 浄土宗系単立
山号 海光山
院号 慈照院
本尊 十一面観世音菩薩
主な見どころ 観音堂、十一面観世音菩薩像、阿弥陀堂、大黒堂、弁天堂、弁天窟、経蔵、輪蔵、観音ミュージアム、海光テラス、眺望散策路、あじさい、和み地蔵、良縁地蔵
住所 神奈川県鎌倉市長谷3-11-2
電話番号 0467-22-6300
拝観時間 通常期間は8時~16時30分、閉山17時。延長期間の4月~6月は8時~17時、閉山17時30分
休館日 なし
拝観料 大人400円、小学生200円、鎌倉市福寿手帳持参者200円
備考 長谷寺は、坂東三十三所観音霊場第四番札所、鎌倉三十三観音霊場第四番札所である。本尊の十一面観世音菩薩像は像高9.18mの日本最大級の木彫仏で、右手に錫杖、左手に花瓶を持ち、岩座に立つ「長谷寺式十一面観音菩薩」として知られる。境内には観音堂、阿弥陀堂、大黒堂、弁天堂、弁天窟、経蔵、観音ミュージアム、海光庵、海光テラスなどがあり、由比ヶ浜や鎌倉の街並みを望める。あじさいの名所としても知られ、梅雨時には眺望散策路から約40種類2500株のあじさいと相模湾の景色を楽しめる。江ノ電長谷駅から徒歩約5分で、高徳院、御霊神社、光則寺、由比ヶ浜とあわせて巡りやすい。
長谷寺への交通アクセス
江ノ電「長谷」駅下車、徒歩約5分

HISTORY 長谷寺について

長谷寺の歴史
721年 養老5年、徳道上人が一本の楠から二体の十一面観音像を造立したと伝わる
721年 二体のうち一体は大和長谷寺の本尊となり、もう一体は衆生済度の願いを込めて海へ流されたとされる
736年 天平8年、海中へ流された観音像が相模国長井浦に漂着し、鎌倉へ迎えられたことが長谷寺の開創と伝わる
奈良時代 聖武天皇の治世下に勅願所と定められたと伝わる
平安時代 長谷観音への信仰が広がり、鎌倉における観音霊場としての基盤が整えられていく
鎌倉時代 鎌倉幕府の成立とともに、鎌倉周辺の寺社信仰が発展し、長谷寺も観音信仰の霊場として知られるようになる
1264年 文永元年銘の梵鐘があり、この時期には長谷寺が寺院として確実に存在していたことが確認できる
鎌倉時代以降 坂東三十三所観音霊場が整えられ、長谷寺は第四番札所として巡礼者を集める
室町時代 本尊十一面観世音菩薩像を中心に、長谷観音の信仰が東国に広がる
1412年 応永19年銘を持つ大黒天像が造立される。現在は観音ミュージアムに収蔵され、東日本最古級の大黒天像とされる
戦国時代 鎌倉の社寺が戦乱や地域支配の変化を受ける中、長谷寺は観音霊場として存続する
江戸時代 坂東三十三所観音巡礼や江戸近郊の社寺参詣の広がりにより、長谷寺は多くの参拝者を集める
江戸時代 長谷観音は、鎌倉観光と信仰の名所として知られるようになる
明治時代 近代の制度変化を経ながら、長谷寺は観音霊場として信仰を保つ
1923年 大正12年、関東大震災により長谷寺も大きな被害を受け、観音堂は傾くなど深刻な状態となる
1927年 昭和2年、観音堂の再建復興事業が計画される
1930年 昭和5年、観音堂の解体・再建工事が始まる
1943年 昭和18年、長期にわたる観音堂再建事業の中で、観音堂内陣が完成する
戦後 鎌倉を代表する観音霊場、花の寺、眺望の名所として、多くの参拝者を迎えるようになる
1986年 昭和61年、関東大震災から60年以上を経て、現在の観音堂が整えられる
2015年 宝物館をリニューアルし、観音信仰の総合博物館として観音ミュージアムが開館する
2021年 令和3年、本尊造立1300年を迎える
現在 長谷寺は、長谷観音として信仰を集めるとともに、あじさい、四季の花、由比ヶ浜の眺望を楽しめる鎌倉有数の名所として多くの参拝者を迎えている