笠間城茨城県笠間市

春の笠間城1 春の笠間城2 春の笠間城3 春の笠間城4 春の笠間城5 春の笠間城6 春の笠間城7 春の笠間城8 春の笠間城9 春の笠間城10
  • 佐白山に築かれた中世以来の山城
  • 関東では珍しい本格的な石垣を持つ城
  • 約750年間、笠間領主の居城として続いた

笠間城とは、茨城県笠間市にある鎌倉時代に築かれた山城である。佐白山の山頂一帯に築かれ、笠間時朝の築城以来、歴代の笠間領主の居城として機能した。中世山城を基礎としながら、近世には石垣を備えた城郭へと整備され、現在も天守曲輪周辺の石垣や堀跡などが残る。佐白山の自然地形を活かした、笠間を代表する城跡である。

笠間城の特長
目的 笠間氏の本拠、笠間藩の政庁、地域支配の拠点
特長 佐白山の山城、天守曲輪、石垣、堀跡、曲輪群
他の城との違い ・鎌倉時代から明治初期まで長く使われた城である
・関東では珍しく、山上部に本格的な石垣を持つ
・天守曲輪を持つ山城として注目されている
笠間城の石垣・土塁
石垣 現存
土塁 一部現存
種類 石垣、土塁、空堀、曲輪、天守曲輪
石材 不明
特長 笠間城は佐白山の自然地形を活かした山城でありながら、天守曲輪を中心に石垣が築かれた城である。関東では石垣を多用した山城は珍しく、現在も堀跡や石垣が残る。東日本大震災により天守曲輪の石垣や石段に被害があり、一部は仮修復されているが、天守付近には立入禁止区域が設けられている。
笠間城DATA
別称 桂城
所在地 茨城県笠間市
築城 鎌倉時代
築城者 笠間時朝
住所 茨城県笠間市笠間3616
電話番号 0296-77-1101
開館時間 見学自由。ただし天守曲輪付近など一部立入禁止区域あり
休館日 なし
入館料 無料
備考 現在、佐白山の山上に笠間城跡が残る。天守曲輪には佐志能神社があり、堀跡や石垣などを見学できる。東日本大震災の影響により、天守付近には立入禁止区域が設けられているため、現地案内に従って見学する必要がある。
笠間城への交通アクセス
JR水戸線「笠間」駅よりバス約5分、徒歩約23分。

笠間城へはJR水戸線「笠間駅」から徒歩約40分です。城跡近くまで車で行くことも可能ですが、本丸周辺は山道となるため歩きやすい服装がおすすめです。佐白山麓公園から続く登山道もありますが、体力に自信がない人、足が弱い人は道の整った大手門跡から登城することがおすすめです。

HISTORY 笠間城について

笠間城の歴史
鎌倉時代 笠間時朝により佐白山に笠間城が築かれる
戦国時代 笠間氏の居城として、常陸国西部の支配拠点となる
1590年 豊臣秀吉の小田原攻め後、笠間氏が滅びる
江戸時代初期 徳川氏譜代大名が笠間藩主となり、笠間城が藩庁として機能する
江戸時代 浅野氏、井上氏、牧野氏などが城主となり、笠間城と城下町が整備される
1871年 政府に笠間城の破却を願い出て許可され、廃城となる
2011年 東日本大震災により、天守曲輪の石垣や石段が被害を受ける
2017年 続日本100名城に選定される

笠間城を藩庁とする、笠間藩の歴史

三つ柏

牧野家の家紋「三つ柏」

笠間藩DATA
藩庁 笠間城
旧地域 常陸国西茨城郡
石高 8万石
譜代・外様 譜代
主な藩主 牧野家

笠間城、天守曲輪と石倉が残る常陸国の名城

茨城県笠間市に残る笠間城は、鎌倉時代から明治維新まで約700年にわたり利用された城です。中世には笠間氏の本拠として栄え、戦国時代には佐竹氏の支配下に入りました。江戸時代には笠間藩の居城として整備され、山上には天守曲輪や櫓が築かれています。現在は石垣や堀切などの遺構が残り、関東地方を代表する山城のひとつとして知られています。

笠間城
笠間城の歴史
笠間城は承久元年(1219年)、宇都宮氏の一族である笠間時朝によって築城されたと伝えられています。城は標高約182mの佐白山に築かれ、西麓(今の笠間稲荷神社周辺)に「麓城」と呼ばれる居館を構えて拠点化しました。
佐白山は笠間盆地を見渡すことができる独立丘陵で、防御に適した地形でした。以後、笠間氏は笠間城を本拠地とし、約300年にわたりこの地を支配しました。
南北朝時代や室町時代には宇都宮氏や佐竹氏ら周辺勢力との抗争が続きましたが、笠間氏は巧みに勢力を維持しました。
戦国時代になると常陸国では佐竹氏が勢力を拡大していきますが、笠間城の人々は籠城戦の上、敵を撃退しています。
天正18年(1590年)、豊臣秀吉による小田原征伐の後、北条氏に味方した笠間氏は宗家に当たる宇都宮氏に背き、宇都宮氏を攻めます。しかし、宇都宮氏はこれに反撃し、そのため笠間氏は滅亡してしまいました。
慶長3年(1598年)、蒲生郷成が宇都宮に減移封する形で笠間城主に就任します。この郷成の手により、笠間山城は織豊系城郭に改修されたと考えられています。
慶長7年(1602年)、徳川家譜代大名・松平康重が笠間へ入封し、笠間藩が成立します。その後、小笠原氏、永井氏、戸田松平氏、永井氏、浅野氏、井上氏、本庄氏などが藩主を務めます。なかでも井上正氏の時代には城の大改修が行われ、石垣や櫓が整備されました。この時笠間稲荷神社の社地や社殿も井上氏により拡張されています。
その後、牧野貞通が延享4年(1747年)に8万石で封じられて以降は牧野氏が明治維新まで笠間藩を治めました。
城は明治維新後、廃城令で廃城処分となります。建物の多くは解体されましたが石、石垣や堀切、曲輪などは比較的良好に残されてい城に指定されました。
笠間城の見どころ①天守曲輪
笠間城最大の見どころは天守曲輪です。城内最高所に位置し、笠間盆地を一望できます。
ここには佐志能(さしのう)神社の拝殿が残っており、近年の調査の結果、拝殿は天守1階のおよそ半分を使用していることが判明。当時の天守の一部が今も現存していることが明らかになっています。
天守は2重2階のもので、明治の廃城令で解体された後、用材が神社の拝殿に再利用されたと推察されています。
なお、天守曲輪の石垣は東日本大震災の影響で崩落した箇所があり、完全に修復されていません。2026年現在一部立入禁止となっています。
笠間城の見どころ1 笠間城の見どころ2 笠間城の見どころ3
笠間城の見どころ②石垣群
笠間城には各所に石垣が残っています。関東の山城としては珍しく、比較的石垣が多く用いられており、近世城郭化が進められた様子を知ることができます。
大手門跡には慶長3年(1598年)、蒲生郷成が改修した際に築いた石垣が残っています。また、天守曲輪の野面積みの石垣は高さ4mと迫力がありますよ。
笠間城の見どころ4 笠間城の見どころ5 笠間城の見どころ6
笠間城の見どころ③石倉
笠間城を代表する遺構のひとつが本丸曲輪裏手にある「石倉」です。城内に残る採石場のことで、巨石が折り重なるかのように積み上がっています。関東地方では非常に珍しい遺構であり、笠間城を訪れたらぜひ見学したいスポットです。
石の表面には岩盤を割る際についた痕跡の「矢穴」を見ることができます。また、眺望の良さでも有名で、晴れた日には太平洋を望めます。
笠間城の見どころ④「かさま歴史交流館井筒屋」
佐白山の入口に位置する「かさま歴史交流館井筒屋」は、明治中期の旅館「旧井筒屋本館」の建物をリノベーションした観光施設です。2階の歴史展示コーナーでは笠間城の立体模型が展示されており、登城前に見学しておくと理解が深まります。このほか、発掘された出土品も見どころです。
また、パンフレットや地図も豊富なので、山城を散策する前に必要な情報収集をするのにも便利ですよ。
笠間城の見どころ7 笠間城の見どころ8 笠間城の見どころ9
笠間城のおすすめフォトスポット
人気撮影スポットは天守曲輪周辺です。高台から見下ろす笠間市街地の景色は美しく、四季折々の風景を楽しめます。天守曲輪の石垣もおすすめです。ただし、東日本大震災の影響で一部立入禁止、ビニールがかかっているところもあります。安全に留意し、ルールを守って見学しましょう。
笠間城の見どころ10 笠間城の見どころ11 笠間城の見どころ12
栗本 奈央子
執筆者 栗本 奈央子(ライター) 元旅行業界誌の記者です。子供のころから日本史・世界史問わず歴史が大好き。普段から寺社仏閣、特に神社巡りを楽しんでおり、歴史上の人物をテーマにした「聖地巡礼」をよくしています。好きな武将は石田三成、好きなお城は熊本城、好きなお城跡は萩城。合戦城跡や城跡の石垣を見ると心がときめきます。